第六十四話 節分草
セイは秀柾が自分を嫁に迎えてくれるか、真貴が認めてくれるか、不安なまま返事を待っていた
年が改まり、諏訪の風間家では家督相続が行われた。風間清継は隠居し、嫡男の清光が当主となった。昨年生まれた姫が健やかに育っていることもあり、風間家には明るさが戻りつつあった。
出家した国興の側室だった女は、幾分かの手当てを貰い、実家に戻った。国興の息子、時興については、風間家の私領にある小さな屋敷に身柄が移され、下働きの老夫婦が世話のため、その屋敷に行くことになった。
前年の末から、米沢重平は清光の配下になり、セイは大奥様と呼ばれている静子の侍女になった。
セイは望月秀柾に嫁ぐよう話を進めると聞かされてしばらくは、天にも昇る心地だったが、次第に不安になってきていた。というのも、秀柾は、まだ嫁取りの話は何も知らされていないので、自分を嫁に望んでもらえるか分からなかった。さらに不安だったのは、秀柾の姉の真貴の偉大さだった。
佐閑の里で過ごす間に、セイは真貴の仕事ぶりを間近で見た。セイは巫女様というのは穏やかに神を祀ったり、祈祷をしたりするものだと考えていたが、真貴は、巫女として振る舞うのは儀式のときだけで、日々は田畑の世話をし、子どもたちの面倒をみて、薬師の仕事をし、村長や和尚と村のいろいろなことを相談している。
さらに驚いたのが立派な身なりの武者が真貴を訪ねてきて、真貴と長い時間にわたり相談事をしていたことであった。その武者は国府の身分の高い役人だと兄に教えられた。
真貴は剣、馬、弓にも優れ、秀柾は姉を師と仰いでいる。そのような偉大な姉が、自分を秀柾に相応しいと認めてくれるだろうかと、心細くなっていた。
佐閑の里山に福寿草が黄色い花を咲かせ始めた。幾日か暖かい日が続いた日の午後、諏訪の風間家の使者が真貴に書状をもってやって来た。
真貴は寺で、使いの者を労い、書状を受け取り読んだ。時候の挨拶に続き、昨年生まれた姫が元気に育っていることが綴られていた。そして、本信は、昨年の秋に里の手伝いに来ていた米沢重平、セイ兄妹についてのことで、重平を秀柾の郎党に、セイを嫁に推したいと記されていた。そして、この話は二人が自ら望むところと書かれていた。
真貴は書面を和尚に見せた。和尚はゆっくりと目を通し、微笑みながらうなずいた。
真貴は控えていた秀柾に尋ねた。
「昨秋に、風間家から手伝いに来てくれた二人を覚えていますか?」
「もちろんです。重平は真面目でよく働く男でした。重平の助けで、開墾も柵作りもずいぶんとはかどりました。セイもよく働いてくれました。あの娘は私の直垂も繕ってくれました。大変助かりました」
「また、あの二人と働きたいですか?」
「無論です。あの二人なら、安心して、何でも任せることができます」
「そうですか……実は、諏訪の清光様が、セイをそなたの嫁に、重平を郎党にどうかとおっしゃられています」
「えっ!?私が郎党を持ち、嫁を迎えるのですか?」
「ええ、そうです。少し早いかとも思いましたが、あの二人なら、良いお話ではないかと思います。そなたは、いかがです?」
「あまりに突然な話に戸惑っております。私のような若輩者が、嫁と郎党を持っていいものか、彼らを食べさせていけるものかと……」
和尚が微笑みながら言った。
「秀柾殿、そなたは、この二年で驚くほど立派になられた。妻と郎党を持てば、力を合わせやっていけましょうぞ。人は守るべきものがあると、強くなれるものだ。それとも、あの娘では不足かな?ずいぶんと可愛い働き者の娘じゃったと思ったが」
「とんでもありません。私の嫁になってくれると聞いて、たいへん嬉しゅうございます」
真貴が言った。
「では、あなたから、清光様に、こうお返事するのはどうでしょう?『喜んで米沢重平殿を郎党に、セイ殿を嫁に迎えたい。ただ、すぐ夫婦にというわけにもいかないので、まずは、こちらに来てもらって一緒に里の仕事をしながら、準備を整えたい』と」
秀柾が真剣な顔でうなずいた。
「はい。それで二人が来てくれるなら、ありがたいことと思います」
真貴は冬の間に漉いた丸い紙を返事のために用意した。
秀柾は墨を擦り、筆を執って、書状をしたためた。
秀柾は、翌朝早く、里山に出向き、節分草の花を一輪摘んできて、書状に添えた。
風間家の使いの者は、寺に一晩泊り、秀柾の書状を持ち、諏訪に戻った。
啓蟄を数日過ぎた日、重平、セイ兄妹は清光に呼び出された。
きっと佐閑からの返事が来たのだとセイは思った。秀柾からの返事を心待ちにはしていたが、秀柾が辞退を申し出るかもしれぬと思うと、緊張で胸が痛かった。
二人が部屋で待っていると、引き戸が開く気配がした。二人が頭を下げていると、清光の「面を上げよ」との声がした。二人が顔を起こすと、先日と同じように、正面に清光が座り、傍らに静子が控えていた。
「重平、セイ、佐閑より返事が参った」
セイは期待と不安がないまぜになって息が止まりそうだった。
清光が懐から、丸い紙を出した。
「秀柾殿が筆を執って答えられた。『喜んで米沢重平殿を郎党に、セイ殿を嫁に迎えたい』とのことだ。そして、この花が書状に添えられていた」
清光が書状を広げ、一輪の節分草の花を取り出し、セイに差し出した。
セイは震える手で花を押し頂いた。涙がはらはらとこぼれ落ちた。
静子が話を引きとった。
「佐閑の方では、嫁取りの準備はすぐには整わないので、まず来てもらって一緒に里の仕事をしながら、夫婦としてやっていけるように支度をしたいとのことです。そなたたちは、これでいいですか?」
重平が頭を下げて答えた。
「もちろんです。我ら二人、すぐにでも佐閑に参り、秀柾様をお助けしとうございます」
清光が答えた。
「では……そうだな、春分頃にこちらを発つということで、支度を進めよう。母上、これで、ようございますか?」
「それがいいでしょう。寒さも緩む時期ですから」
「そうだ、重平。そなたには太刀と胴丸と風巻を与える。武者として励めよ」
風巻は、かつて国興が乗っていた馬である。重平は驚きのあまり、平伏するのが遅れた。
平伏した重平の頭上から清光の言葉が続いた。
「よいか、重平。佐閑は信濃の希望の地だ。巫女殿は我が家の恩人であり、信濃の国の宝だ。何としても守り抜け」
清光は告げる 佐閑は希望の地で巫女殿は宝だ なんとして守り抜けと




