第六十二話 新春
新しい年が始まった
国府も風間家も体制を一新した
睦月の終わりを前に、風間清光が国府を訪れた。風間家の当主に就いた挨拶のためである。
諏訪大社を支える有力武門の新家長来府ということで、国府では目代以下、官人も武者も揃い、清光を迎えた。
藍色の地に銀糸をあしらった練絹の直垂を纏った清光は、国府の広間で、目代と対座し、当主就任の挨拶を述べた。これに応えて、目代の満実が信濃経営のために今後も協力を願いたい旨を述べて、儀式は終わった。
国府の面々が捌けた後、清光と正季は別室に移り、話し合いの場を持った。
「御当主、御就任、おめでとうございます」
「かたじけない。父が昨年の夏のことで、かなり弱りましてな。私は、まだ先のつもりでしたが、こういう運びになりました」
「お父上の体調がすぐれませぬか?」
「一時期よりは良くなっております。孫が生まれましたことが、何よりの励みのようで、日に何度も孫の様子を見に来ています」
「昨年の夏越のことを思い返すと、私も、忸怩たるものがあります」
「もう、申されますな。あのことで風間家は傷つきましたが、新たな子が生まれ、傷は癒えつつあります。父が申しておりました。月は欠くるが、時とともに再び満つると」
正季は清光に告げなければと思っていたことがあった。少し迷ったが言葉にした。
「私は、清光殿に詫びなくてはならぬことがあります」
「はて?」
「去る秋、生島足島神社の例祭で、龍神の巫女殿が『死穢のついた籾をこの地から運び出せ』と神託を述べたことです。私も巫女殿も、夏越の件を、死穢とは毛頭思っておりません」
「神託の件は人づてに聞きました。私は巫女殿の誠はまったく疑っていません。お考えがあってのことでしょう」
「実は……神託は私が巫女殿と謀りました。巫女殿によれば、上田や諸の凶作は稲に付く病魔に因る、病魔は種籾や稲藁、切り株に潜み年を越し、翌年も凶作を引き起こす、とのことです。そこで、村人たちが挙って種籾まで年貢に差し出すように仕向けるための策として行いました。どうか、このことは、胸にお止めください」
清光は小さくうなずいた。
「なるほど……得心がいきました。思い切ったことをなされましたな」
「申し訳ありません」
「いえいえ、巫女殿のことです。あの方は、どこまでも思慮深く、慈悲深い。橘様のお口添えで、昨年の秋に、佐閑の里の手伝いに行かせた、当家の米沢重平が興味深い話をしておりました」
正季は米沢兄妹を思い出した。
「どんなお話でしょう?」
「重平は、秀柾殿に付き従って佐閑から諸まで年貢米を運んだそうです。ところがその途上で八人ほどの流民が現れ、行く手を塞いだそうです」
「それでは、まるで……」
「そうです。血を流すことになると重平は覚悟したそうですが、秀柾殿は太刀を手にすることもなく流民に近寄り話を聞いたうえで、持参していた黍や粟の団子をすべて流民たちに与えたというのです」
「なんと……」
「ほんとうに驚くのは、巫女殿が、この事を予め考えていたそうで、流民が現れたら渡すようにと、団子を秀柾殿に託していたというのです」
正季は真貴の深慮に言葉を失った。そして真貴の深慮に驚かされるのはこれで何度目か、とも思った。
清光の表情が優しいものになった。
「そうそう、米沢重平とその妹のセイですが、暖かくなりましたら、当家を離れることになりそうです」
正季には行先の見当はついたが、あえて尋ねてみた。
「どちらに行かれるのかお聞きしてもいいですか?」
「佐閑の里です。私はセイを秀柾殿の嫁に、重平を郎党に送り出す所存です」
「ほう……」
「二人の望みでもあります。これで二人は光の中に歩み出せます」
「龍神の巫女の里は、光の里ですか……」
「そう、思われませんか?」
「たしかに」
正季は、昨年、初めて佐閑を訪れた際に、初夏の光の中、汁を待ちながら弾けていた子どもらの笑顔と、その子らに優しく汁を配っていた真貴の笑顔を思い出した。
清光が正季に尋ねた。
「ところで、新しい目代様はどのようなお方でしょうか?長野の方の源氏の一族とは聞き及んでおりますが」
「まだ、よく分かりません。ただ、かなり細かいところまで気が付き、考えが深いようには思われます」
「そうですか……。そのお力を、信濃のためにお使いいただければと思います」
「私も、そう願っています」
新たな目代はどんな人物か……正季も清光も落ち着かなかった




