第六十話 冬支度
佐閑の秋が終わりつつあった
何とか年貢を納め終えた佐閑では翌年の豊作を狙う動きが始まった
小雪から大雪にかけての二十日足らずで、佐閑の空気は晩秋から初冬へと入れ替わる。樹々は葉を落とし、乾いた冷たい北西の風が、八ヶ岳の方から吹き付け始める。
この日々、村は冬支度に追われる。
真貴は村長をはじめ村の主だった者たちと、来年の米作の計画を検討した。
佐閑の里の田の面積は、約六反(約六千平米)であり、里として納めなくてはならない年貢は三石(四百五十キログラム)である。今年は、春先の苗の病で収穫は三石を僅かに越す程度にとどまった。
村は、来年の収穫量として六石を目標とした。倍増の根拠は、真貴とユイが世話をした三十歩(約百平米)の田から二十斤(約十二キログラム)が収穫できたことである。十斤も穫れないと思われていた荒田でも、手入れ次第で予想の倍の収穫があったことで、村人たちは大きな可能性に気が付いた。
真貴の三十歩の田から穫れた籾は大粒で美しかった。良い苗が育つと村人たちが熱い視線を注いでいた。真貴は二十斤のうち一斤だけを取り置くことにし、残りすべてを村の田に蒔く提案をした。
村長が、里で最も収穫が期待できる二反の田に、その籾から育てる苗を植えることを決めた。育て方も、真貴が、今年行ったやり方に倣うことにした。まずは、刈入れが終わった田に、ユイが集めていたスズメノエンドウの種が蒔かれた。
真貴は夏に新たに拓いた畑で育てていた大豆を収穫した。実を採った後の、莢と茎は二頭の馬、東雲と西風のごちそうになる。根はそのまま鋤き込み、窒素分が豊富な肥料とする。この畑に、真貴は鍛冶の里から依頼された小麦を蒔いた。さらに真貴は村の奥の里山に近い、草と低灌木が茂っていたあたりを刈り払い菜種を蒔いた。刈り取った草や灌木は燃やし、灰を肥料として鋤き込む。
秀柾も無事に蕎麦の収穫を終え、麦を蒔いた。蕎麦の茎や葉は分解に時間がかかるので、一旦、堆肥にして熟成を待つことになる。
正季が連れてきてくれた四匹の犬――黒丸、赤丸、白丸、鳶丸――は、すっかり、村の番犬となった。夜間でも明け方でも、里山から村の畑に猪や鹿が侵入しようとすると、吠えて知らせる。秀柾が東雲で駆けだすと一斉について飛び出すようになっていた。
ユイは、薬草の保管管理をほぼ任されるようになった。適当な分量を束ねて木札をつけ、対応する札も作る、屋内の乾いたところに吊るし湿らないように気を配るといった作業はユイがこなすようになっていた。
ユイには鍛冶の里から譲り受けた三匹の猫が懐いていた。ユイは猫たちが佐閑に来た後、セイと一緒に、三匹に名前をつけていた。縞模様の子は小虎、真っ黒な子は烏玉、濃い灰色の子は薄墨である。
猫たちは、昼間は里の中を自由に動き回っているが、日が暮れたあたりでユイのもとに戻り、餌を貰う。その後、就寝時には小虎がユイの懐に入り込み、烏玉と薄墨はユイの足元や背中で過ごす。
いよいよ大雪が近づいた雲の多い午後、鍛冶の里の男が現れた。
真貴は、京に解状を運んでもらった礼を丁寧に述べた。
「解状の件につきましては、ほんとうにありがとうございました。鍛冶の里には借りばかりが増え、心苦しく思っております。お預かりした小麦はすでに畑で育て始めましたので、来年に、お渡ししたいと存じます」
「なんの。我らは年に二、三度は京に足を運び、朝廷の動きや貴族たちの思惑を探る。実を言うと、この度、解状を信濃国司源重時に速やかに手渡せたのは、橘家の手引きがあったからだ」
「といいますと……」
「以前に話した通り、我ら渤海国の末裔は、今も密かに橘一族とは連絡を保っておる。今の当主、橘遠陞殿、国府の正季殿の義理の兄だが、信濃のことも正季殿のことも気にかけておられ、ただちに信濃守に解状を渡せる手筈を整えてくれた」
「そうだったのですね」
「それにしても、この秋の巫女殿と正季殿の働き、見事であったな」
「どうか、そのことは胸にお納めください」
「むろん、誰にも言わぬが、巫女殿と正季殿が救った命は、千人は越そうぞ」
「危うい企てでしたが、何とかやりおおせてほっとしています」
「巫女殿らしいな」
ユイが真貴に指示された薬草の束を運んできた。ユイを追って縞模様の猫がやって来た。鍛冶の里の男は相好を崩した。
「小さな巫女殿は、すっかり猫と仲良しだな」
ユイは小さくうなずいた。
男は薬草の束を葛籠に収めて背負った。
「そうだ、巫女殿。以前に話した野盗、大蜘蛛丸のことだが、新たな話が耳に入って来た」
「是非、お聞かせください」
「うむ。奴は、この夏から秋の初め頃までは、上野との国境に近い越後を荒らしていたようだ。しかし、越後側が、かなり警備を厳しくしたこともあって、秋の半ばからは動きが見えなくなったらしい」
「大蜘蛛丸が越後か上野で捕らえられたのでしょうか?」
「それはないと思う。捕らえられるなり殺されるなりすれば、もっと別の話が聞こえてくるだろう。もともと奴の動きは、急に暴れ出す時期と静かになる時期があるようだ。今は静かな時期ではないかと思う」
「ということは……」
「いずれ、また暴れ出す。奴は、この数年で北信、南越後を蹂躙した。次は北上するかもしれんが、南下するかもしれん。村の備えをくれぐれも厚くな」
「わかりました。ありがとうございます」
男は北西の風の中を、海尻方面に去っていった。雲が低く垂れこめ、八ヶ岳は見えなかった。
その日の日暮れ近く、秀柾が獲物の野兎を下げて、犬たちと帰って来た。
真貴と秀柾は、夕餉の後、囲炉裏端で、遅くまで、村を野盗から守る方法を話し合った。
大蜘蛛丸が越後から姿を消した
真貴と秀柾は対策を話し合った




