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第五十四話 黍の団子

村の秋が深まる 鍛冶の里の男が猫を連れてきた

 稲穂を揺らす風が涼しくなり始めた頃、鍛冶の里の男が、佐閑に現れた。前回から、比較的近い期間での来訪だった。


 男はまず籠を差し出した。

「巫女殿、猫を連れて来たぞ。この子らは四か月前に生まれた子だ」

 ユイとセイが近づいて籠をのぞき込む。男が言った。

「籠から出して、抱いてやってくれ。仔猫には親代わりの者が必要だからな」


 ユイとセイが籠から出した。ほぼ、真っ黒な毛並、それよりやや灰色寄りの毛並、そして灰色の地に黒い縞模様の毛並の仔猫たちが現れた。仔猫たちは二人にすり寄って抱かれた。ユイもセイも、そのはかなげで温かい感触に気持ちが高ぶった。


 ユイが、縞模様の仔猫を抱いたまま立ち上がって真貴を見た。真貴が微笑んでいた。

「その子たちの面倒は、二人にお願いします。この頃、犬たちはすっかり秀柾のお供になってしまいましたからね」


 鍛冶の里の男が笑って言った。

「巫女殿との話が終わったら、世話の仕方を教えよう。まずは水を与えてやってくれ」

 ユイが大きくうなずいて、水を取りに行った。


 男が葛籠を開け、まず、布袋を取り出した。

「巫女殿、小麦の種を持ってきた。二斤(約一・二キロ)ある。この量なら、六十歩(約二百平方メートル)に蒔くことができる。育て方は、この村でも育てている麦と変わらない」

「お預かりします」


 男は次の袋を取り出した。

「これは明礬だ。できるだけきれいなものを持ってきた。使い方は分かるかな?」

「はい。分かります。ありがとうございます」


 男は最後に矢尻を十個取り出した。

「これは秀柾殿にだ」

「はい、ありがとうございます。秀柾は今、少し出ています」

「こちらに来る途中で会った。一人、武者を従えていたな」

「はい。先ほどの娘の兄です。二人で手伝いに来てもらっています」

「それはいい。やはり、秋は危ない連中が出やすいからな」

「そうですね。では、いつものようにお薬を用意しましょう」

「そうしてくれ。寒さが近づいているので、風邪の薬も頼む」

「わかりました」


 真貴が薬の用意をはじめると、男が話をはじめた。

「巫女殿は大蜘蛛丸という野盗のことを聞いたことがあるか?」

「……はい、大変恐ろしい盗賊と聞いています」

「うむ。春に、飯山や長野のあたりの里を襲ったのが、奴が率いる一味らしい」

「そうなんですね」

「それが、ぱったり姿を見せなくなったと思っていたら、奴は、上野の国境に近い越後の里を襲い出したとのことだ。我らの仲間で、越後に出向いた者が聞いてきおった」

「上野では大蜘蛛丸を捕えようとはしないのでしょうか?」

「それがなあ、今、上野は国府がないも同然のようだ。荘園が国衙をすべて呑み込みつつある。荘官は、自分の荘園が荒らされない限り、手を打つ気はまったくない」

「上野はそんなことになっているのですね」

「この信濃も荘園が支配地を増やしている。国府は、ますます力を削がれている」

「たいへんなことになりそうですね」

「まったくだ」


 真貴が薬草を整える間、男はユイとセイに仔猫の世話の仕方を教えた。


 男は薬草の束を葛籠に入れて立ち上がった。

「そうだ。巫女殿、鳩はどうなっておる?」

「ここで二羽のひなが生まれました。教えていただいたように、時々放しています。ちゃんと巣に戻ってきます」

「では、一羽を預かろう。我々の方から、急な知らせを送ることができる」

「はい、お願いします」


 男は籠に、鳩が巣にしている枯草や枝を敷いて、鳩を一羽入れ、葛籠に乗せた。

「では、また来ようぞ」


 男は、街道の方に歩いて行った。

 秋分が過ぎ、佐閑の里の今年の米の収穫が終わった。


 真貴とユイが世話をした御田からは二十斤(十二キログラム)の収穫があった。田植え前に村長が予想した量の倍となった。


 真貴は小さな俵に収穫した籾を入れ三宝に載せた。これを龍の祠がある湖の対岸が見える村の外れまで運び、四方に笹を立てた。


 村人が居並んだ。良真和尚、秀柾、ユイ、米沢兄妹も控えた。


 秋空に真貴の祝詞が響いた。

「水を司り給へる龍神の御前に、恐みて白さく。

御恵みにより苗は育ち、今年は二十斤の実りを得たり。

これひとへに御力添への賜なり。

ここに新穀を捧げ奉り、心より厚く御礼申し上ぐ。

願はくは、この里を今後も守り給へ」


 村では年貢を納める準備が始まった。


 村長の見立てでは、収穫量は村に課されている三石(四五〇キログラム)、俵に詰めれば十五俵に届くはずであったが、皆、不安だった。真貴や秀柾も見守る中、村人たちは一粒もこぼすまいと慎重に収穫した米を俵に詰めた。十六俵をわずかに越えた。村人皆から、安堵の声が漏れた。


 次は、この十五俵の米をもろの郡代屋敷まで移送しなくてはならない。


 今年は夏越の事件以降も、度々、流民出没の噂が流れていた。村は移送隊を編成した。十人の村人に加え、重平が荷を載せた西風を引き、秀柾が弓矢を携えて東雲に乗り、諸に向かうことになった。


 二日間の雨が上がりしばらく雨の心配がなさそうだと、村長が判断した日が移送日と決まった。移送は朝から夕方までの一日かかりの仕事になる。


 真貴は、その日の前日の夜から、セイとユイの手を借りて、黍や粟、さらに麦などを使い団子をたくさん作り、竹の皮に包んだ。


 重平は警護の仕事に緊張感を高めていた。二度と無様なことにならないと誓い、足回りを固め、太刀の鞘走りを繰り返し確認した。セイは、口もきけぬほど昂ぶっている兄が心配だった。何事も起こらぬことを、ひたすら祈っていた。


 移送の日の朝が来た。村人が総出で移送隊の出発を見送った。秀柾は真貴から団子を入れた包みを預かり、大きくうなずいた。


 西風を引く重平が先頭に立ち、村人がそれに続く。秀柾が東雲に跨り、最後尾に着いた。一行は、まずは湖岸に沿って北に進み、やがて千曲川に添って緩やかに北西に進んでいった。


 良く晴れた穏やかな秋の日だった。一行は順調に進んだ。しかし、あと一里も進めば諸に着くと思われるあたりで、川沿いに茂る茅の茂みから七、八人の流民が現れ、移送隊の行く手を塞いだ。


 重平は体が一気に熱を帯び、髪が逆立つのが分かった。西風の手綱を後ろにいた村人に預けた。左手で太刀の鞘を掴み、右手を柄に掛け、一気に駆けだそうとした。


 そのとき、背後から東雲に乗ったまま近づいてきた秀柾から声をかけられた。

「重平、この弓を預かってくれ」

 秀柾が弓を差し出していた。重平は太刀から手を放し、思わず受け取った。

「よいか。私が太刀を抜くまで、決して太刀を抜くでないぞ」


 秀柾は、そのまま少し進み、馬を降りた。太刀に手をかけることもなく、すたすたと流民たちの方に進んだ。重平は息を呑んで見守っていた。


 秀柾は流民たちと少し話した。秀柾が何かうなずくと、茅の茂みからさらに流民が現れた。女が二人、子どもが二人だった。女の一人は赤子を抱いているようだった。


 秀柾が、東雲の方に戻った。鞍の後ろに乗せていた包みを下ろし、手に持って流民の方に進んだ。


 秀柾が、包みを流民の方に差し出した。何事か話すと、流民たちが、子どもを除き、全員が跪いた。秀柾が腰をかがめ、首領らしい男に包みを渡すと、流民たちは、道を空け、路肩に跪いた。


 秀柾がふわりと東雲に乗って、重平の方に戻って来た。

「弓を受け取ろう」

 秀柾の表情は穏やかだった。

「では、参ろう」


 秀柾が先頭になって一行は進みだした。一行が通り過ぎるまで、流民たちは路肩で頭を垂れていた。


 しばらく進んで秀柾が一行の皆に声をかけた。

「皆の衆、申し訳ない。姉から預かっていた団子をすべて、先ほど者たちに渡してしまった。腹が減るとは思うが、勘弁してくれ」


 年貢を無事納め終えた一行の帰路は、足取りが軽かった。


 重平は西風に跨り、東雲に乗った秀柾とともに進んでいた。重平は、自分の考えと気持ちの整理がつかなかった。夏越の襲撃への仕返しができなかったという苛ついた気持ちもあれば、修羅場を再現せずに済んだ安心感もあった。自分が猛っていた時に、静かに場を収めた秀柾への敬意もあれば、流民にむざむざ食料を渡した悔しさもあった。


 秀柾が声をかけて来た。

「重平、彼らを斬りたかったか?」

 重平は言葉が出なかった。

「そなたは収まらぬかもしれんが、私は、これでよかったと思っている」

「……なぜなのでしょうか?」

「それは……私も姉も、十一年前は彼らと同じく流民だったからだ」


 秀柾の言葉は重平に衝撃を与えた。


「私たちの一家は、浅間権現様が火を噴いたため、上野の居場所を失い、信濃に逃れてきた。野盗に襲われ、傷つき、懸命に佐閑の里にたどり着いた我々は、里の衆に助けてもらった」


 重平は、輿入れ行列の護衛の際に見た多くの流民を思い出した。あの日以来、彼らをひたすら憎んでいた。しかし、秀柾が、自分もかつて流民だったと語った瞬間に、彼らも自分と同じ人であり、生きるために必死だったことにはじめて気が付いた。


「『すべてを失ったものは、助けてもらうか、奪うかしないと生きてはいけない』。姉が近頃聞いた言葉だそうだ。実を言うとな、あの団子は、姉が『流民と出会ったときは渡してあげなさい』と言って、私に託したのだ」


 重平の胸に、説明のできない感情が溢れてきた。


 秀柾の言葉が続いた。

「重平。私は、武者だが主君はいない。しかし、忠節を尽くすべき相手は心得ている。私と姉を助けてくれた佐閑の里の衆だ。私は姉とともに、里の衆を守るために力を尽くす。そして我らと近しくしてくれる人たちのために、励んでいる」


 千曲川の河原を吹き抜ける風が爽やかだった。右手の奥には、緩やかに盛り上がる蓼科山が、秋の陽射しにくっきりと見えた。


 一行は日暮れ前に村に帰り着いた。


 出迎えた村長に秀柾が年貢を納め終えた報告をした。報告が終わった後、秀柾は、村長の背後にいた姉と目が合い、小さくうなずいた。姉も、うなずき返した。


 セイは兄が無事に警護を勤め上げたことが嬉しかった。

「兄様、お勤めご苦労様でした。ご無事のお帰り、嬉しゅうございます」

「ああ……」

 予想に反し、兄の顔は曇っていた。


 村の女衆が、猪肉と野菜の鍋と麦の粥をたっぷり用意していた。移送に参加した男たちも、村で待っていた人々も、年に幾度もないご馳走を堪能した。


 ただ、重平は、なかなか箸が進まなかった。路肩に跪いていた流民の姿が、脳裏から離れなかった。


流民に黍の団子を渡した秀柾 重平は考えが乱れていた

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