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第五十三話 里の秋の香

重平とセイの佐閑の里での生活が始まった

 翌朝、セイはすっきり目が覚めた。ぐっすり眠れた感覚があった。ただ、寝すぎたようだった。鳥のさえずりが聞こえる。あたりがかなり明るくなっている。重平はまだ寝ている。


 セイは兄を揺すった。

「兄様、兄様。起きてください。我ら、寝過ごしました」

 重平が目を開けた。一瞬戸惑ったが、跳ね起きた。


 良真和尚が起きて来た。

「おお、二人とも、ぐっすり眠れたようじゃな」


 重平は片膝をつき朝の挨拶をした。

「おはようございます。恥ずかしながら寝過ごしました。すぐに巫女様のところへ参ります」


 慌てて駆けだす二人を、和尚は愉快そうに見ていた。


 二人が真貴と秀柾の住まいに近づくと、秀柾と真貴が「エイッ」「オォッ」と声を発しながら、剣の型稽古をしていた。重平は二人の動きに、ことに真貴の体さばきに衝撃を受け、呆然と見入ってしまった。


 セイは立ち止まった兄の横をすり抜け、小屋の火場の方へ急いだ。ユイが鍋の番をしていた。


「申し訳ありません。遅くなりました」

 セイが謝りながら近づくと、ユイが笑顔で言った。

「一緒に作りましょう」


 少しすると、真貴が汗を拭いながら来た。

「秀柾と重平は、馬たちに飼葉をやりに行きました。すぐに戻るでしょうから、朝餉の支度を進めましょう」


 重平は秀柾に従い、厩に行った。

 二人が飼葉を抱えて近づくと、東雲は地面を掻いて、西風は首を振って喜んだ。

 重平は秀柾に詫びた。

「秀柾様、今朝は遅くなり申し訳ありません」

「旅の疲れが出たのであろう。しっかり寝られたのなら良きことだ」

「一つ願いがございます」

「なんなりと」

「これから、私も剣の稽古に加えてください」

「いいとも。ともに励もうぞ。そなたの木剣を用意せねばな」

「ありがとうございます。先ほど、巫女様の剣を見せていただきました。とてつもないさばきでした。あのような剣を見たのは初めてです」

「姉上は、私の剣の師だ。姉上は龍神様の許で修業を積まれたと言っておられる」

「どんな厳しい修行をすれば、あの域に達するのかと思うと……」

「いや、姉上は好きであること、できるようになることが何より楽しいから身に付くと申しておられる。少しずつ、たゆまず励み、強くなれと」

「少しずつ、たゆまず励む……」


 セイは真貴とともに、重平は秀柾とともに過ごす日々がはじまった。


 セイは真貴の知識の豊富さとその知識を活かす仕事の多さに圧倒された。


 朝餉が終わると、田畑に出向く。水の深さを測り、雑草を抜き、虫がついていないか、獣に荒らされていないかを丁寧に見て回る。


 次は里山に入り、食べられる野草を刈り、薬草を採取する。薬草は陰干しした後、種類ごとにまとめ木札をつけて吊るす。ユイが仕事の多くを受け持っている。

 数日に一度、寺の境内で、村の子どもに汁を出す。汁は塩だけでなく、川蟹や蛙、鳥や兎、時には猪や鹿の干し肉で出汁を取り、野草を加える。


 真貴は子どもたちの一人一人の顔色や体の具合をよく見ている。さらに村の人々にも注意を払っていて、咳がひどい者、体が辛そうにしている者などには、話を聞き、時には薬を煎じて与えている。


 天気が良くないときは、真貴は、木簡を作っては、日々の出来事、作物の様子などを書き記している。


 セイは、まずは食事の支度をできるだけ引き受けるように努めた。それに伴い、薪拾いや火の始末なども自分の仕事としてやるようになった。


 セイは真貴に仕事を一つ願い出た。

「巫女様、私に繕い物をさせていただけないでしょうか?風間のお屋敷を出るときに、針と糸、それと布の端切れをいただいてまいりました」

 真貴が嬉しそうに答えた。

「それは助かります。秀柾の直垂がかなり傷んでいたので気になっていました。直してやってください」

「承知いたしました」

 セイは直垂を広げて、どのように直すかを考えた。考えること自体が楽しかった。

 


 重平は佐閑に来た数日後に、真貴に、襲撃の際に礫を受けて見えなくなった右目を診せるように言われた。

「まだ右目は痛みますか?」

「もう、痛みはありませんが、目やにがひどいときがあります」

「左目を手で隠してください。真っ暗ですか?」

「いえ、光があるのは分かりますが、すべてがぼんやりしていて暗いです」

「そうですか……」

 真貴は少し考え、二種の煎じ薬を選んだ。

「こちらは目薬木、こちらは黄柏です。しばらくは朝に目薬木を煎じたもので、寝る前に黄柏を煎じたもので目を洗ってみましょう。少しずつですが、目やにが減るでしょう。少しでも光が分かるなら、大切にすることが肝要です」


 重平は薬師に診てもらうのは初めてのことだった。薬を使って手当てをするのも初めての体験だった。


 重平は秀柾とともに、里の田畑の手入れに励んだ。真貴が村から借り受け、大豆を植えた荒田や畑は、ところどころに大きな石や古い切株などがあり、耕地を狭めるだけでなく農作業の邪魔になっていた。二人は力を合わせ、時には馬も使って、これらを取り除いた。


 秀柾は真貴とともに考えた村を囲う柵を作っていたが、重平が加わったことで、仕事がはかどり始めた。村の西の湖に注ぐ二筋の川の河口には、大雨の際に流されてきた太い倒木がいくつもある。これらを拾っては、馬の背に乗せ運び、柵を少しずつ伸ばしていく。


 二人は、数日に一度は犬たちを従えて里の周囲を馬でめぐり、変事が無いことを確かめるとともに、鳥や兎などを狩った。重平は、この時間が一番楽しかった。


 稲や大豆が実り始めるとともに、猪の群れが、夜に現れるようになった。今年は、鳴子に加え、犬たちが吠えるので、猪は、はじめは侵入をためらっていたが、しだいに大胆になってきた。


 秀柾は、昨年同様に、月明かりの夜に猪狩りを企てた。今年は四人の村人とともに、重平を弓の射手として隊に加えた。猟の成果は上々だった。重平の二頭に矢を当てる活躍で、三頭の猪を仕留めることができた。重平は村人たちから肩を叩かれ労われた。


 猪狩りの翌日、村は猟果に沸いた。


 昨年同様に、巫女装束の真貴が龍神への感謝の祝詞をあげた。

 猪は骨と肉に切り分けられた。骨は鍋に入れられ出汁を取られ、肉は汁で煮られ、椀に注がれた。セイは村の女性たちとともに調理を行った。兄が挙げた猟果を、村の女性たちが称える言葉が嬉しかった。


 昨年より多く獲れた肉で、燻し肉作りがはじまった。セイが初めて知る調理方法だった。重平とセイは、香ばしく肉をいぶす匂いが、この里の秋の香と知った。


 田の稲の穂が少しずつ頭を垂れ、黄色く色づき始めた。


秋が深まっていく 里の収穫の季節が近づいていた

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