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Episode 6 仲が悪い兄弟

 中庭の大きな木陰の下。

 四人分の昼食を広げるわたしたちの中心に、なぜか一番自然に座ったのはレオニール様だった。


「わぁ、兄上。エル嬢のお弁当、すごく綺麗だね。ねぇ、どれが好き? 僕はこの卵が美味しそうだと思うけど」


 レオニール様は、初対面の少女の弁当にためらいなく手を伸ばし、ひょいとつまんでは満面の笑み。


「うん、すごく優しい味がする。――君に似てるね、エル嬢」


「え、えっ……?」


 唐突な褒め言葉に、わたしの心臓が跳ねた。


 でもその瞬間、すぐ隣のアレクシス様の空気が変わる。


「レオニール、勝手にエルの弁当に触れるな」


「兄上、そんなに怒らないでよ。僕はただ……“仲良くしたいだけ”なんだ」


 にこり。


 その笑みは柔らかいはずなのに、なぜか空気がひやりとする。


「……レオニール殿下。軽率です」

 珍しくルカ様が低く言う。


「軽率? 僕が?」

 レオニール様は小首を傾げる。


 無邪気な仕草。

 だがその瞳の奥底――ひどく冷たい光が揺れた。


「兄上の婚約者に気安く触れたら……良くない、ってこと?」

 レオニール様はあくまで笑ったまま。


「そういうことだ」

 アレクシス様が明確に苛立ちを滲ませる。


「へぇ。兄上、ちょっと(いや)しいね」


 ――空気が、止まった。


「……何の意味だ?」

 アレクシス様の声が低く落ちる。


「“触れられたくない”んじゃなくて、“自分以外に触れさせたくない”って言ったほうが正確じゃない? 所有欲、っていうんだよね、そういうの」


「レオニール殿下」

 ルカ様の声が、凍り付くような冷たさを帯びた。


「ん? 間違ってた?」


 レオニール様はまるで小動物のように首を傾げる。

 だが誰が見ても、その無邪気さは演技だった。


 ――わたしの背筋に、ぞくりと寒気が走った。


(この人……こうして“笑いながら”人の心を揺らすのね……)


「ごめんね、エル嬢。兄上も、ルカも、君のこととなると過敏なんだ」


「わ、わたしは気にしませんわ……!」


「うん。優しいところ、好きだよ」


 さらりと言われて、わたしは言葉を失った。


(好き……!? えっ!?)


 アレクシス様の眉が跳ね上がる。


「レオニール。今のはどういう――」


「兄上、そんなに怒鳴ったらエル嬢が怖がるよ?」


 レオニール様は、アレクシス様とわたしの間に体を滑り込ませるようにして座り直し、わたしを見た。


「ねぇ、エル嬢。君は“婚約者”って言葉……好き?」


「……え?」


「君、自分の人生が“決められている”の、──本当は、嫌なんじゃない?」


「──ッ!」


 心臓が大きく跳ねた。

 なぜわかるのか。


 まるでわたしの胸の奥を覗き込まれたみたいに。


「驚いた顔。やっぱり当たりだ」

 レオニール様は楽しげに微笑んだ。


「君、そういう“隙”がすごく綺麗だよ」


 その言葉は優しい。

 でも――怖い。


(レオニール様……どうして……? この人、ただの好青年じゃ……ない)


「エル。離れろ」


 アレクシス様がわたしの腕を引き寄せる。

 レオニール様の笑顔が一瞬だけ“無表情”になる。


「……兄上。そんなに、僕から“奪う”みたいにしなくてもいいのに」


 ひたりと向けられる、氷より冷たい瞳。


 ――ああ。


 この人はただの王子なんかじゃない。


 笑顔の奥に、底の見えない闇がある。


「でもいいや。今日はこのくらいにするよ」


 レオニールはふわりと立ち上がり、わたしにだけ柔らかく微笑んだ。


「ねぇ、エル嬢。また話そうね。君の声⋯⋯すごく、心地よいから」


 そう言い残し、金の髪が風に揺れる。

 光の中へ消えていく背中は綺麗で――。

 でも、見えない影を無数に引いていた。


 わたしは小さく息をつく。


(……レオニール様。あなたは、わたしを――どうしたいの……?)

エルを巡ってバチバチ。

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