Episode 4 溢れ出すルカ様の想い
エノリス様が去ったあと、校舎へ向かう道を歩いていたときだった。
「エル、転ばなくてよかったな」
「お義兄様、それは、わたしがいつも転びそうに見えるということかしら?」
「……まあ、否定はしない」
「お義兄様っ!」
軽口を叩くお義兄様にむくれながらも、わたしはちらりとルカ様の横顔を見る。
気のせいか――ルカ様はさっきから、ずっと静かだ。
「……ルカ様?」
呼びかけると、彼は少しだけ肩を揺らし、わたしへ視線を向けた。
「失礼いたしました、エル。考えごとをしておりました」
「考えごと……? ルカ様が珍しいわね」
「そうでしょうか。……あなたのことなら、よく考えてますよ」
「え……?」
一瞬、胸がどきりと跳ねた。
でもすぐに、ルカ様は何でもないように微笑む。
「“護衛として”……という意味です。あなたはアレクシス殿下の婚約者であり、ショアン家の令嬢。学園内で危険が及ばぬよう、私が注意を払うのは当然でしょう」
「あ、ああ……そういうことだったのね」
(わたし……何を期待してたのかしら……?)
自分でも分からない動揺を隠すように、わたしは歩幅を合わせる。
すると、ルカ様がふと歩みを緩め、わたしの横に来た。
「……エル。先ほどの第二王子殿下――レオニール殿下とのやりとりですが」
「え? あの、ぶつかったことかしら?」
「いえ、違います。あの方が、あなたを“興味深そうに”見ていたことです」
ルカ様の声が、わずかに低くなる。
「……あの目は、あまり良くありません」
「……っ」
ルカ様が誰かを“良くない”と言うなんて、ほとんど聞いたことがない。
でも――その声音の奥にあるのは、警戒だけじゃなくて。
(……心配?)
そう思った瞬間、ルカ様ははっとしたように視線をそらした。
「……すみません。あなたを不安にさせるつもりはありませんでした」
「いえ。わたしのことを心配してくれるのは嬉しいわ」
「……っ」
ルカ様の指先が、ほんのわずか震えた気がした。
だけど、彼はすぐにいつもの落ち着きを取り戻し、声を整える。
「私は……あなたが笑っていられるのなら、それで」
そこまで言って、彼は口を閉ざした。
なにか言いかけたような――でも言うことを許されない何かを、飲み込んだような。
(ルカ様……?)
そのとき。
「エル、そろそろ行くぞ」
アレクシス様が戻ってきて、わたしの肩に軽く手を添えた。
――その瞬間、ルカ様のまつげがわずかに震え、目を伏せる。
まるで、その光景が“見たくないもの”のように。
「……はい、アレクシス様。参りましょう」
そう言いながら、心の奥がざわりと揺れた。
(ルカ様……あなたは……?)
ルカ様の静かな想いは、誰の目にも映らないまま。
だけど確かに、わたしの胸に落ちるように響いていた。




