Episode 29 「そんなに甘い声で呼ばないでください」
「アレクシス殿下⋯⋯っ!!」
アレクシス様をべりっと引き剥がし、再びルカ様がわたしの唇を奪う。
今度は、先程とは比べ物にならないほどだ。
(⋯⋯んっ、息、苦し⋯⋯)
そんなわたしの心情を悟ったのか、また唇を離すルカ様。
でもまだ終わらない。
「エル⋯⋯」
わたしの名を呼び、唇を合わせられる。
耳にふっ、と息を吹きかけられたわたしは、悲鳴を上げそうになった。
(⋯⋯っ⋯⋯!?)
口に、ぬめりとしたものが入ってくる。
「⋯⋯んっ、る、ルカ、様ぁ⋯⋯っ」
「そんなに甘い声で呼ばないでください。あなたをこのまま連れ去ってしまいたくなります⋯⋯」
再びゆっくりと、しかし確実にわたしの唇に重ねる。
前回よりも長く、前回よりも強く――まるで“誰にも渡さない”と宣言するかのように。
わたしは甘い熱に身体を委ねるしかなく、頬が赤く染まる。心臓は高鳴り、息が止まりそうになる。
しかし、その瞬間――
「――やめろぉっ!!」
お義兄様の怒声が響いた。
ルカ様とわたしの間に体を割り込み、手でルカ様の肩を強く押す。
その力に、ルカ様は初めて少しだけ後退した。
「――お義兄様……」
わたしは驚きと困惑で目を見開く。
アレクシス様も黙っていられず、二人の間に割り込もうとしたが、お義兄様の圧倒的な存在感の前に思わず止まる。
ルカ様は少し息を整えながら、鋭い視線をお義兄様に向ける。
「……譲ります。ですが次は、私が……」
しかしお義兄様は動じず、わたしの手を握り、自分の胸に引き寄せる。
「――もう、勝手にさせない。エルは俺が守る」
こうして、ルカ様とアレクシス様、お義兄様の三つ巴の攻防は一旦収まり、わたしは義兄の胸に抱かれたまま、赤面しつつも安心感に包まれる。
「⋯⋯なあルカ。俺、ずっと思ってたんだけど」
お義兄様が、わたしを胸に抱いたまま、ルカ様に鋭い視線を向ける。
「はい、なんでしょう?」
「お前、エルとの距離近すぎなんだよ⋯⋯っ!!」
怒れるお義兄様に対し、ルカ様はいつも通り涼しい顔。
「──今更ですか?」
「“今更”、だと⋯⋯?」
「私は、ずっとエルのことが好きでした。こうして学園で近くにいられるのですから、私がエルにアピールしても問題ないですよね?」
「おいルカ。お前、今、さらっと何言ってやがる」
婚約者を取られると思ったのか、アレクシス様まで参戦してきた。
「何がでしょう。全て事実ですが?」
「それ、嫌味で言ってるのか?」
眉を吊り上げ、アレクシス様がルカ様を睨む。
「いいえ、決してそのようなつもりはありませんが」
「どう考えてもそうにしか見えないんだよッ!!!」
お義兄様が怒鳴る。
「⋯⋯ルカ。私は、エルの“婚約者”だ」
アレクシス様が低く唸るような声を出す。
対するルカ様の表情は変わらない。
「それがなんだと言うのです? エルは、“自分の人生が勝手に決められている”の、嫌なんでしょう? なら、さっさとアレクシス殿下との婚約を解消して、私に嫁いだほうがエルにとって幸せだと思いますが。それに我が家は、そこそこ自由が利きますんで」
(ルカ様⋯⋯それって、なんの自由⋯⋯?)
アレクシス様、ルカ様、お義兄様が睨み合う。
そんな三つ巴を壊すように、扉が、バーン! と開いた。
入ってきたのは、存在感を放つ少女。
紅の美しい髪、状況をひたりと見据える、凍えるような銀色の瞳。
そして耳についているピアスは、ダリアをあしらったデザイン。
──エルナ・デルエーラ・ローズファルト。
ローズファルト公爵令嬢で、わたしの従姉妹の彼女は、その銀色の瞳で状況を見て、はぁ、とため息。
そして、言い放つ。
「──アレクシス殿下、フォルディアス公爵、ショアン次期公爵⋯⋯。あなたたち全員、エルの気持ち考えたことありますのっ!?」
全然出てこないエノリスは、“空気”になってます。
※ルカ様の言葉の、「我が家は、そこそこ自由が利きますんで」は、「わがいえ」と読みます。「わがや」ではないのでご注意を。




