Episode 15 やっぱりエノリス様はヒロインなのねぇ
寮室での騒動のあと、わたしはなんとか身支度を済ませ、心臓を押さえながら教室へ向かった。
(……あれだけの大乱闘のあとに、普通に授業って……。精神、強くなるわね……)
気まずすぎる三人──アレクシス様、ルカ様、お義兄様──とは、自然と距離をとってしまった。
そんなわたしが教室に足を踏み入れた瞬間――
「――あっ、エルリウール様!!!」
明るく澄んだ声。
振り向くと、ふわふわの桜色の髪を揺らし、大きな瞳を輝かせて走ってくる少女がいた。
『貴女に一輪の薔薇を捧ぐ』のヒロイン──エノリス・ヴィエラ様。
「お、おはようございますっ……!!」
その顔は、まるで憧れの相手を見つけた子犬みたいに輝いている。
「エノリス様……おはようございます」
わたしが微笑むと、エノリス様はパァァっと表情を明るくした。
「その……あの……昨日、少しお話しましたよね……!」
声が緊張で震えている。
頬もほんのり赤い。
(可愛い……天使……)
「はい。あなたとお話できて、嬉しかったです」
そう言うと――
「ひゃっ……!」
エノリスは肩を跳ねさせ、両手で胸元をぎゅっと押さえた。
「あ、あの……す、すみません……! エルリウール様に優しくされると……心臓が……っ」
その姿に、周りの男子がざわつく。
(今日のエノリス嬢、やたら可愛くない?)
(またエル様に懐いたのか……!)
そんな声が心の声が聞こえそうだ。
エノリスは深呼吸して気を取り直し、勇気を振り絞るように一歩前に出た。
「エルリウール様……っ、あの……、わたし……お願いしたいことがあって……!」
おずおずと手を胸の前で組み、潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。
「何かしら?」
「えっと……えっと……もし、その……ご迷惑でなければ……」
エノリスは頬を真っ赤に染め、はっきりと言葉にした。
「――“エル様”って、お呼びしても……いいですか⋯⋯っ?」
その瞬間、彼女の肩が小さく震えているのがわかった。
わたしの返事で、泣いてしまいそうなくらい。
(うわ……かわ……)
「もちろん。そう呼んでいいわ、エノリス様」
わたしが柔らかく答えると。
「っ……!!!」
エノリス様の目がウルッと輝く。
「ほ、本当ですか……!? ああ……嬉しい……!!」
両手を胸の前でぎゅぅぅっと握りしめて、全身で喜びを表す。
周りの空気までふわっと明るくなるほどの“愛され体質”。
(この子……ほんとにヒロインなのね……)
と、平和だったのだが──
ガラッ
教室の扉が勢いよく開く。
「おい、エル。話がある」
と、アレクシス様。
「エル、先程の件の続きを」
と、ルカ様。
「エル、ちょっと来い。この二人止める」
と、お義兄様。
三人が同時に現れた。
せっかく時間をずらして早めに教室に来たのに、タイミングが悪すぎる。
――教室が、一瞬で凍りついた。
そしてエノリス様は、わたしの横で固まり、心臓を押さえながら震えている。
(また修羅場ね⋯⋯。でも本来、ここで行くのってわたしじゃなくてヒロインよねぇっ!? ってかこんなルート存在しなかったわよ!?)




