カゴノトリ⑤
港の丘に作られた公園。
広がる夜景、かすかに揺れる海面。
上空にはプロジェクションによる満天の星空が煌めき、どこか遠くでボーッ……と汽笛が鳴る。
「綺麗……」
受付嬢の呟きに、マントマンは微笑を浮かべる。
「そうかな?」
そっと彼女の頬に触れる。
「僕は、君のほうが何倍も綺麗に見えるけどね」
受付嬢は小さく息を飲み、そして微笑む。
マントマンも静かにその目を見つめ返す。
(……本社ビル。多分これからもちょくちょくお邪魔することになるし、彼女とは良い関係を築いておきたいよね。うん、一晩一緒にいるくらいなら……お釣りが来るかも)
彼はそのまま彼女の顔に近づき、受付嬢も目を閉じて、唇を寄せる。
……その時だった。
「タナカ様……見つけましたわよ!!」
高貴な声が響く。見ると、お嬢様風のドレスに身を包んだ女性が、ヒールで芝生を踏みしめて現れた。
「わ、私とは遊びだったのですか……!?」
白衣に眼鏡、三つ編みのお下げ髪。明らかに研究員の一人だ。
「タナカ様がいつか私と一緒になってくれると信じて……!」
毛皮を羽織ったマダム風の年上女性までが――その手には小さな犬を抱いている。
「…………あちゃ〜」
マントマンは笑う。焦りの混じった、心底困った顔で。
次の瞬間…全力ダッシュ。
「逃げたわよ!?」
「追って!」
「タナカ様、待ってぇぇぇぇぇぇ!!」
夜の丘に、ハイヒールの音と絶叫が響き渡る。
--
「ひーっ!!ちょっと“人脈”広げすぎちゃったかなぁ〜!?」
マントマンは叫びながら走っていた。
後ろには、白衣の研究員、受付嬢、ドレスのお嬢様、そしてマダムが完全な狩猟モードで迫ってくる。
「タナカ様ァァァァアア!!」
街の人々が振り返るほどの熱量。
しかしマントマンは足を止めない。
市境ゲートまで一直線で走る。
「私は遊びでもいいの!いつか貴方が本気になってくれると信じてるから!」
白衣の研究員が泣きそうな顔で叫ぶ。
「な、何言ってるのよ!私はもうタナカ様と、てっ……手ぇ繋いだんだからね!キ、キスだって…アンタ達が邪魔しなければ…」
顔を真っ赤にして俯く受付嬢。
「ふん!私はタナカ様の唇をすでに頂いてますわよ!…この手の甲に!」
お嬢様が誇らしげに手を掲げる。
「私は一晩同じ部屋にいたわよ!……お酒飲んだら眠くなっちゃって、何も無かったけど…」
マダムがやや気まずそうに目を逸らす。
もはや地獄の同窓会である。
――
マントマンがゲート端末にIDカードをかざす。
ピッ、と軽快な電子音。ゲートが開いた瞬間、彼はスルリと通り抜けた。
「待って!!」
「タナカ様ァァァ!」
門の直前にいた警備兵が必死に女性陣を止める。
「こ、この先は危険区域に接続されておりますので!何卒、お下がりをッ!!」
――
ゲートの外側ではマントマンに呼び出しを受けたバイカースーツ姿のナツキが、外界への扉の壁にもたれかかっている。
喧騒と共に現れるマントマンの方を気だるそうに見ると、その後ろの美女軍団。
ナツキは目を大きく見開き、興奮気味に口を開く。
「うぉ!?美女軍団!!」
そう言った矢先、マントマンはナツキのもたれかかっている壁に片手をつく…所謂"壁ドン"である。
「ナツキ、ちょっとごめんね!」
驚くナツキの顔に手を添えて、ぐっと顔を近づける。
「キャッ!?」
女性陣がいっせいに声を上げる。
そう、女性陣の視界からは、完全にマントマンがナツキにキスしているようにしか見えない角度。
「びっくりしたぁ!!え?顔になんか付いてんのか、俺?」
マントマンはゲート前で呆然としている女性陣に振り返り、手を振った。
「ごめんね〜、今日はこの子に"お持ち帰り"されるから。またね〜」
ナツキと肩を組みながら歩き去るマントマン。
ナツキは未練がましく女性陣を振り返る。しかし、それは女性陣達の視界では"勝ち誇った顔"に映っていた。
2人は肩を組みながら、頑丈な扉の先…夜の闇へと消える。
一瞬の静寂、そして受付嬢がポツリと一言呟く。
「…あの子の顔も…結構悪くなかったわね…」
お嬢様は受付嬢の言葉を聞き、腕を組んで返す。
「フン!顔は良いけど、育ちの悪そうなケダモノですわ!乱暴で力強くて……激しそうな…!」
徐々に顔を赤くするお嬢様、そして鼻息荒く口を開く研究員の女性。
「ふ、ふたりの愛の間に…私も混ざりたい」
しかし、その言葉にマダムはため息を吐きながら、諭すような口調で言う。
「……野暮ですわよ。見守ることもまた、愛。」
…余談ではあるが、後日"ふたりの愛を見守る会"が結成されたとかされなかったとか…。
--
夜風を切るナツキのバイクの後部シート、風に吹かれながらマントマンは笑っていた。
「いや〜、悪いねぇ、アシに使っちゃって」
「……美女軍団…」
ナツキは運転しながら涙を流す。
なんとなく元気な無さそうな彼を察してか、マントマンは続ける。
「まぁまぁ、それよりさ!お土産買っておいたから帰ったら皆で食べよう!ヨコハマシティのお土産の定番!旧時代の…"あの横浜名物焼売弁当"を完全再現したお弁当!」
ナツキの表情がパァッ、と明るくなる。
「…またあの味が食えんのか!?
焼売だけじゃねぇ、あの甘い杏子に醤油漬けのしょっぱくて美味いあの魚…!?…ったく、しょうがねぇなぁ!」
彼のテンションに合わせるかのように、エンジンの回転音が早くなり、それに合わせてギアを上げる。
「んじゃ、さっさと帰って弁当食おうぜ!」
ふたりの影が"終わった世界"の荒野を走り抜ける。




