カゴノトリ④
機械の軋む音が、ゆっくりとした上昇と共に響く。
静寂の中、マントマンのシャツは煤け、埃と青黒い飛沫で無残に汚れていた。
その姿のまま、小さくため息をついた。
「参ったねぇ……これからデートの約束もあるのにさ。一張羅が台無しだよ」
ヒデユキはちらりと隣を見ると、目を伏せて呟いた。
「呑気なものだ……切り替えの早さは若さ故、か」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
エレベーターが地上へと帰還する。
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人気のないロッカールーム。マントマンは手早くロッカーの鍵をこじ開け、中に掛けられていた私物の服に目を留めた。
「……お?悪くないじゃん」
ダメージの少ないジーンズに、黒のタイトなシャツ、そして少し使い込まれた革ジャン。
マントマンはその場に設置された簡易ミストシャワーに身を滑らせ、さっと汗と埃を流す。
シャワーを終え、服を着替えながら鏡を見る。
「……あ、いいもん発見」
棚の上に置かれていたラベルなしのスプレーボトル…“フェロモン香水”
躊躇なくキャップを外し、ひと吹き。
「……ふふ、勝負服完成っと」
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人が行き交うエントランスホール。
社員らしき男の悲鳴が、突如響いた。
「ヒィっ!?」
上半身裸…筋肉むき出しの大男、ヒデユキが静かにエレベーターから現れたのだ。
そのまま彼は無表情で受付カウンターを通り過ぎる。
「私は先に帰らせてもらう」
それだけを呟き、姿を消した。
唖然とする受付嬢たち。混乱に包まれかけたその空間を、別の気配が切り裂く。
「おまたせ!」
振り向いたその瞬間、すべての視線が吸い寄せられる。
先ほどの戦場の痕跡を微塵も感じさせない小綺麗な格好のマントマン。
ワイルドさを滲ませながらも、どこか洗練されたジーンズ姿に、黒の革ジャン。艶めいた髪と、どこか妖しい香りが空気を支配する。
受付嬢は言葉を失い、ただ見惚れるしかなかった。
マントマンは軽くウインクをすると、片手を差し出す。
「さ、行こっか」
そのまま受付嬢の手を取って、何事もなかったように、R.W本社ビルを後にするのだった。
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ビルの間をオレンジ色の光が横切る。
それは自然に生まれたものではない、街が演出した“完璧な黄昏”。
その中を、マントマンは受付嬢の手を引いて歩いていた。
歩幅は女性に合わせつつも、主導権はあくまで彼にある。
洗練された所作、自然な微笑。
すれ違う人々が足を止めるのも無理はなかった。
「……見て、あの人……!」
「うそ、手つないでるのあの子!?」
「マジ?この世のVIPってこういう人のこと言うのね……」
耳に入る周囲のざわめき。
マントマンは振り向きもせず、ただ軽く彼女の手を握り直す。
その仕草ひとつに、彼がこの街のルールとは別の次元に生きていることを感じさせた。
都市一番の超高級レストラン。
窓の外には光の海――人工的に制御された完璧なネオン夜景が広がる。
その中でも特等席と呼ばれるガラス張りの半円ブース。国から特別待遇を受けている旧世代人の中でもひと握りしか入れないと言われるその空間に、受付嬢はマントマンを"只者では無い"と感じ取る。
(カッコいいだけじゃなくて……とんでもないセレブなのね……タナカ様……)
「好きなもの、なんでも頼んでいいよ?」
そう言って笑うマントマンに、彼女の理性はもう残っていなかった。
――
食事を終えたマントマンは小さく手を挙げウェイターを呼び出す。
「今夜は素晴らしい料理だったよ、ありがとう」
そう言ってマントマンが渡したチップ。
一瞬、ウェイターの顔がこわばるほどの高額。
「これは素敵な料理と素敵な時間の対価だよ。受け取って」
爽やかな笑顔でそう言われれば、誰もが心から納得するしかない。
受付嬢の手を取りながら、マントマンは立ち上がる。
「さて…ちょっと、夜風にでも当たりに行こうか」




