魔女の巣③
タツヤは吸い寄せられるように歩み寄ると、そっとその女性を抱きしめた。
細く、温かい肩。懐かしい匂いがした。煤と薬品の混ざった匂いに、微かに残る昔の面影。
その姿に、ユウキとナツキが慌てて怒声を上げる。
「触るでない無礼者ォォォ!!!」
「こちらに御座すお方を何方と心得るぅぅぅ!?」
ナツキは慌てて姿勢を正し、ユウキに向き直る。
「ユウキ、この素敵なレディはどちら様で?」
しかし、抱きしめられた女性は微動だにせず、ただ静かにタツヤの背に手を回す。タツヤはそのまま肩を震わせ、ぽつりと呟いた。
「……生きてたんだ……姉ちゃん……」
涙が頬を伝う。
それは、戦場を何度も潜り抜けてきた兵士の姿ではなかった。
15歳の、ひとりの少年の姿だった。
静寂が流れる。やがて、ユウキとナツキが顔を見合わせた。
「お兄様と呼ばせて頂けませんでしょうか?」
「お慕いしておりました」
タツヤに対して、やけに芝居がかった声色で頭を下げるふたり。
ユリは溜息をつきながら、冷めた目を向ける。
「“泣くな弟よ”の方がしっくり来るんじゃないかな」
ツッコミの刃が鋭く刺さる。
だがそれもまた、日々をバカ二人と共にしている影響だろうか。徐々に毒されている感が否めない。
しばらくして、タツヤはようやく気持ちを落ち着けたように、女性へと視線を向け直す。
「……“シア”姉ちゃん、なんだかすごく……大人っぽくなっちゃったね」
女性…シアは、懐かしむような眼差しでタツヤを見つめ、ふわりと微笑んだ。
「……私は目覚めてから、もう10年になるのよ。117歳ではあるけれど…そうね、20代後半ってところかしら」
落ち着いた声。柔らかくも芯のある眼差し。確かに、タツヤの記憶にある姉の面影はあった。けれど今の彼女は、過去に置いてきた時間よりも、もっと遠くへ進んでいた。
「……俺、この街じゃ、ジャンク屋みてぇなことして暮らしてんだよ」
ユウキがぽりぽりと頬をかきながら言う。
「色んなとこでジャンクパーツ拾ってきて、組み直して……そん時に、ここの廃墟でシアさんと出会ったんだ」
その声色はどこか照れ臭そうで、口調の端々に感情が滲んでいた。
「で、惚れちまったってワケだな?」
ナツキが軽く肩を叩きながら笑う。
「分かるぜ…この美しさだもん…!」
シアはくすっと笑うと、肩から提げていた小さなカバンからタバコの箱を取り出し、そこから1本を抜いて口にくわえた。
ユウキはポケットから素早くライターを取り出し、丁寧な手つきで火を灯す。
その一連の動作は、まるで洗練された執事のようだった。
タツヤはその光景に目を細め、驚き交じりに口を開く。
「…姉ちゃん、タバコなんか吸うんだ」
「……"大人"になったんだもの。10年…いや、110年か。人を変えるのには十分過ぎる時間だわ」
シアはそう言って煙を吐き出すと、どこか遠い目をして、目の前の弟をもう一度見つめた。




