ラクエン④
高級ブティックのガラスに映る自分の姿を見つめていたユリの肩を、そっと誰かが叩いた。
振り返ると、そこには息を切らしたアリサの姿があった。
「はぁ……はぁ……ユリちゃん、大丈夫?」
関西弁の軽やかなイントネーションも、今はどこか優しく、そして心配そうだった。
ユリは伏せていた顔をゆっくりと上げ、ぽつりと問いかける。
「先輩……私たちが“守るべきもの”って……何なんですか?」
「……へ?」
その言葉の重みに、アリサの表情が強張る。
だがユリは構わず、語り始めた。
静かに。けれど、止まることのない言葉で。
「私は、“終わってしまった世界”を救いたかった。
“ランバートに支配された世界”を、何とかしたかった……。
……辛いこともたくさんあったし、逃げ出したくなることだって、何度もあった。けど……」
声が震える。でも、止まらない。
「…あの日。100年前のあの日……!私は、全部を失った」
目を伏せる。過去が鮮やかによみがえる。
「わけのわからない怪物が現れて、“世界は滅んだ”なんて言われて。
“コールドスリープで脅威が去るのを待て”?……ふざけないで……っ」
拳を握る。
「目が覚めたら……家族も、友達も、街も、学校も……全部、全部、なくなってて……!!」
言葉が途切れ、肩が震える。
堪えていた涙が、頬を流れた。
「私だって……普通の女の子でいたかった……
友達と遊んで、オシャレして……恋だって……そういう、当たり前のこと……したかったのに……っ!」
それは――
115歳の“旧世代人”ではなく、
たった15歳の“少女”ユリが吐き出した、魂の叫びだった。
アリサは何も言わず、そっとユリを抱きしめる。
静かに、ぽんぽんと頭を撫でながら、あたたかく、言葉を紡いだ。
「……辛いよなぁ。
ウチかて、“兵士になる”って決めた時は、ホンマにこれでええんか?って、何回も悩んだよ」
その腕には、仲間としてでも、上官としてでもない。
一人の“年上の女の子”としての、優しさとあたたかさが込められていた。
ユリは、アリサの胸元でぽつりと呟く。
「……ごめんなさい。取り乱して……。自分で選んだ道なのに……」
「ええねん。だって、女の子やもん」
アリサの笑顔は、どこまでも優しくて。
青空よりも、まぶしく見えた。
――その時。
ネオヨコハマシティ全域に、けたたましい警報が鳴り響く。
「警告…ネオヨコハマシティ上空に昆虫型出現。全兵士は戦闘態勢に入れ。繰り返す――」
しかし、街は変わらず穏やかだった。
まるで“本物の戦場”など存在しないかのように。
「またかよ〜」
「関係ねぇし〜」
「現代人がなんとかしてくれるだろ〜」
通りすがる人々は、警報にもどこか飽き飽きとした顔を向けるだけ。
誰も、現実に直面しようとはしなかった。
その瞬間、ユリの涙がすっと止まった。
アリサが、静かに声をかける。
「……仕事やで、ユリちゃん」
ユリは顔を上げ、涙を拭う。
(…もう逃げない。どれだけ痛くても。どれだけ泣きたくても。これは、"自分で選んだ道"だから)
彼女は無言で頷き、アリサと共に駆け出す。
その瞳に、迷いはなかった




