深淵④
スラムの案内を買って出たのはこのホタフーキだった。まずは自宅に案内し、そこで"アニキ"に会わせる、と言うのだ。
スラムの狭く入り組んだ路地を、ホタフーキの小さな背中が軽やかに跳ねる。
「たぶん、アニキは今日も機械いじってると思うから、家に居るよ」
案内された先には、意外にも整った一軒家。壁の色は多少くすんでいるが、ひび割れもない。シャッター付きのガレージが併設されており、この地区にしては明らかに異質だった。
ユリがぽつりと呟く。
「……旧時代の住宅…上手に直して使ってる」
ホタフーキが玄関の扉を開け、声を張る。
「ただいまーっ!」
ドアの奥から、無造作に機械の金属音と、油の匂いが漂ってきた。
「アニキ!この人たちも、俺たちと“同じ時代”の人たちだってさ!」
その声に反応して、工具片手に立ち上がった男がひとり。
金髪だが頭頂部だけは黒くなっていて、まるでプリン。口には咥えタバコ。瞳は鋭く、どこかギラついた雰囲気を纏っている。年は、タツヤたちと同世代…10代後半、といったところか。
「あ?」
低く短い声が発せられると、彼は工具を机に放り投げ、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「んだよ、陰キャ共。何しに来たんだ、あァ?」
睨みを利かせ、煙を吐きながら距離を詰めてくるその様子に、タツヤは無意識に一歩引いた。
(こういうタイプ、苦手なんだよな……)
ユリもまた、若干引きつった表情で目を逸らす。
「おいおい、タバコなんかやめとけよ。せっかくの"貴重な血"が汚れちまうだろーが」
と、空気も読まずにナツキが肩をすくめて言う。
金髪の男がギロリと睨んでくる。
「誰に口聞いてんだ、コラァ?」
「テメーだよバーカ」
ナツキがヘラヘラと笑って返す。
金髪が拳を振り上げた瞬間、ナツキも同時に拳を構えた。
「ちょっ、やめ…!」
止めようとしたタツヤの声を遮るように、二人の拳がガシッと、互いの背中を抱き締めた。
「……え?」
思わず漏れたユリの声。状況が呑み込めず、固まってしまう。
だが、抱き合ったふたりの顔には、懐かしさと喜びが混じった表情があった。
「久しぶりじゃねぇかナツキぃ!テメェしぶとく生きてやがったんだな!!」
「オメェもまさかこんなとこで生きてたなんて、なんの冗談かと思ったぜ!……“ユウキ”!!」
ホタフーキが"アニキ"と呼んだ男は、"旧時代"のナツキの親友であった。




