深淵②
巨大タワーの骨組みが乱立する瓦礫地帯に、3人の影が静かに降り立った。
HG住宅…かつての高級居住区。今はその面影を残したまま、犯罪と無秩序の迷宮へと変貌を遂げた街。
あのランバートが逃げ込んだとされる方向に痕跡は見当たらなかった。だが、それが"いなかった"証明にはならない。
「これだけ入り組んでると、どこにでも潜めるな……」
タツヤが周囲を警戒しながら呟く。
「だから言ったろ、今日のところは引き上げようぜって……」
ナツキは肩をすくめるが、タツヤはヘッドセットを外しながら言い返す。
「でも、ここには人が住んでる。もしヤツが本当にここに紛れてたら、被害が出てからじゃ遅い」
建物の影を進むごとに、空気が変わっていくのが分かる。
電灯は所々で切れ、代わりにランタンや謎のLEDが粗雑に吊るされている。ドラム缶で火を焚く者たち、濁った水をすする子供、通路の隅で煙草のようなものを吸っている女、そして明らかに正気を失っているとしか思えない笑みを浮かべる男。
「素晴らしい街だぜ。歓迎パーティしてくれるんなら、一番いい店でやってもらいてぇモンだ」
ナツキはいつものように軽口を叩く。
「どう考えても歓迎ムードじゃないだろ……」
即座に突っ込むタツヤ。
そんな中、細い足音が近づいてくる。
小さな少女が、ユリの元に駆け寄って来たのだ。
警戒するでもなく、怯えるでもなく、ただ真っ直ぐに。その目はどこか、飢えにも似た色を帯びていた。
ユリはふっと微笑むと、しゃがんでポーチの中をまさぐる。そして、銀紙に包まれた飴玉を取り出して少女に差し出した。
「はい、これ」
少女は満面の笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げて走り去っていく。
「……こういう場所でも、ああやって笑えるんだな」タツヤが小さく呟く。
だがその穏やかな空気も、次の声で一変する。
「ヨソモンが……何しに来たッ!!」
振り返ると、そこには10歳前後の坊主頭の少年。服はボロボロだが、腕には型落ちの"ブラッドグローブ"が装着されていた。
片方の頬には戦いの痕か、裂けたような古傷が覗く。
「チビのヒーローごっこに付き合ってる暇はねぇんだよ」
ナツキがシッシと追い払うような仕草をする。
「この……っ!」
怒鳴る少年だが、飛びかかろうとした瞬間、その前にユリが静かに立ち塞がる。
しゃがみこみ、目線を合わせ、ユリが柔らかく言う。
「ごめんね。今、とても大事な“探し物”をしてるの。終わったらすぐ出ていくから……ね?」
その声に、少年の勢いが止まる。わずかに赤くなった顔で目をそらし、拳を降ろすと、「……お、おう」とそっぽを向いた。
その様子を横目に、ナツキが小声でつぶやく。
「マセガキが……」
直後、パシンッとタツヤに後頭部を叩かれた。
「いてっ! なんだよタツヤ!?」
「その口の悪さ、どうにかならんのか……」




