第五七段 職の御曹司の立蔀のもとにて(その6)
一条天皇と定子様が奥の部屋にお入りになった後、お二人の様子の素晴らしかったことを言いあっていると、南側の引き戸にある几帳が少し開いているところから黒い影が見えた。六位の蔵人である橘則隆が座っているのだろうと思って、見もしないでそのまま語り合っていた。たいへんにこにこ笑っている顔が出てきたのを、
「則隆であろう、そこにいるのは。」と思って、そちらを見ると、違っていた。頭弁の行成がいらっしゃった。驚きあきれて大騒ぎをして几帳を動かして隠れる。せっかく顔を見られまいとしていたものを、ととても残念だ。一緒にいた式部のおもとは、私の方を見ているので、顔を見られていない。
頭弁の行成は、立ってこちらにやってきて、
「まったく、あとかたもなく、お顔を拝見してしまいました。」と言う。
「則隆だと思って、軽く考えていたのです。行成さまだったとは。行成さまなら『見ない』とおっしゃっていたのに、そのようにつくづくご覧になろうとは。」と言う。
「『女は寝起きの顔がたいへんすばらしい。』と言いますよ。ある方の局に行って、垣間見をして、また垣間見ができるかと思ってここにも来たのですよ。まだ天皇がいらっしゃる時からずっと居たのに、あなたは気付かなかったのですよ。」といって、これ以降は平気で私の局にやってきて話をするようになった。
うっかり、一条天皇や頭弁の行成に寝起きの顔を見られてしまった清少納言でした。内裏には、鍵がなかったので、几帳の影から誰が見るか、入ってくるか分からないので、油断大敵な場所であったようです。




