第五八段 殿上の名対面こそ
清涼殿の殿上の間で行われる儀式は数々あるが、名対面こそ、一層おもしろいものである。
(毎夜、午後十時半ごろ行われ、まず、夜に宿直をする貴族、続いて夜警をする滝口の点呼が行われたそうだ。女房たちも、弘徽殿の方からうかがっていたようだ。)
一条天皇の前に、しかるべき役柄の者が侍っているときには、そのままその者が名前を問うのがおもしろい。
殿上人たちの足音がしてざわざわと出てくるのを、弘徽殿の局の東側で耳をすまして聞いている。親しくしている者の名乗りを聞く女房は、はっとしてどきどきと胸がつぶれる思いをしていることだろう。また、消息のとだえている人の名乗りを聞いた女房は、どう思っているのであろうか。名乗りの良し悪しを、聞き苦しく言い合って評価しているのも、おもしろい。
これが終わったようだと思っていると、滝口たちが弓を打ち鳴らして邪気を払う音が聞こえ、沓の音がざわざわと聞こえながら出てくる。丑寅の方向の隅ある高覧に高膝つきとかいう座り方で、天皇の方を向き、滝口には背を向けて、「誰それはおるか。」と問うているのはおもしろい。
滝口たちは、ある者は細い声で、ある者は高い声で名乗っていく。また、その者がおらぬのであろうか、「おりません」と蔵人に奏上するのを、「どうしてか」と問うと、なぜいないのかを申し上げる。
これを蔵人が聞いてから帰らなくてはならないのに、粗忽者の源方弘は、聞かずに帰ろうとする。滝口の君達が、まだ帰ってはならぬと教えると、ひどく腹を立て相手を叱ったので、滝口の者たちにまで笑われたそうだ。
また、後涼殿の御厨子所(天皇が料理を食べるところ)の棚の上に、沓が置いてあり、騒いでいると、気の毒だと思って主殿司の女官が
「どなたの沓でしょうか。分かりませんね。」と言っていたのに、
「いやいや、それは方弘の汚い沓ですよ。」と言う。沓を取りに来ても、大変騒がしいことだ。
この源方弘は、有名な粗忽者で、女房達のうわさの種になった人物です。ずっと後の段で、再登場します。




