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第二七二段 常に文おこする人
いつも後朝の文をよこす人が、
「なぜこうなったのでしょう。今、そんなことを言っても、言う甲斐はありません。今は。」などと言って、翌朝、音信がない。さすがに、日が昇ってしまっても、差し出される文も見えないのは、こころ寂しく思って、
「それにしてもまあ、はっきりとけじめをつけられたことだ。」などと言いながら暮らしていた。
後日、雨がひどく降っている日まで、何の音沙汰もなく、
「まったく私を思う気持ちは絶えてしまったのだ。」などと言って、家の端近の方に座っていた夕暮れに、傘をさした童が文を持ってきたのを、いつもより急いで開けて見ると、
「水増す雨の。」
(雨の水が増すように、思いも増しています、のような歌が詠んであったのでしょうか。)
と書いてある。これまでにずいぶんたくさん詠まれた歌より、よほど趣があった。




