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第二七一段 成信中将は(その6)
雨は、落ち着かない心もとない気持ちにさせるものと思っているからであろうか、ひと時降るのでも、たいそう憎らしく思う。
高貴で素晴らしいことや、趣のある、尊くめでたいと思われることでも、雨が降るというかいもなく残念に思う。なんだと言って、濡れてしまって不平を言うのが、めでたいことがあろうか。
実際に、交野の少将(平安時代の古典文学に登場する伝説的な貴公子)や落窪の少将(落窪物語のおとこし落ち着かない心もとない気持ちにさせるものと思っているからであろうか、ひと時降るのでも、たいそう憎らしく思う。
高貴で素晴らしいことや、趣のある、尊くめでたいと思われることでも、雨が降るというかいもなく残念に思う。なんだと言って、濡れてしまって不平を言うのが、めでたいことがあろうか。
実際に、交野の少将(平安時代の古典文学に登場する伝説的な貴公子)を非難した落窪の少将(落窪物語の貴公子・右近の少将(道頼))などは、雨の日に来て、足を洗っているのは憎らしい。汚いと思う。交野の方は、馬が少将を姫君のところに向かわせたのがおもしろい。それも、昨夜、一昨夜の夜の逢瀬があればこそ、おもしろいのだ。そうでなければ、雨の夜の何がおもしろいというのか。




