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第二七一段 成信中将は(その5)
(雨の降る夜などでなく、)
月の明るい夜に来ている男には、十日経ち、二十日経ち、ひと月経ち、もしくは一年たっても、まして七、八年経とうとも、思い出したならば、たいそう「おかし」と思えて、たとえ会うことができようはずのないところに来ていようと、人目をはばからねばならない場合であっても、必ず立ったままで話しをしてから帰し、また泊まることができそうならば、引き止めもしよう。
月の明るいときほど、遠くに思いがいき、過ぎてしまったことや、つらかったこと、うれしかったこと、「おかし」とおもったことも、ただ今のことのように思われることがある。
『こまのの物語』は、何と言うおもしろいところもなく、ことばもふるめかしく、見どころも多くはないが、月に昔を思い出し、虫に喰われてしまった蝙蝠扇を取り出して、
「思い忘れにける人のもとにまかりて 夕闇は道も見えねど 古里はもとこし 駒に任せてぞ来る (後撰集・古今六帖)」と男が口にしている場面が、趣があってよいのだ。




