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第二七一段 成信中将は(その4)
その翌朝、いつも居る廂で女房達が話しているのを聞いていると、
「雨がひどく降っている夜に来た人こそ、格別に主無化深いと思われること。日ごろは、どうなるか分からないとつらく思うことがあっても、そのように雨に濡れてまで来たからには、つらい気持ちもすっかり忘れてしまうでしょう。」などと言っているが、どうしてそんなことが言えるのであろうか。
例えば、昨夜も、その前の夜も、おとといの夜も、またその前の夜も、すべてこのごろは途切れなく続いてやってくる人が、今宵もひどい雨の中、それにもかかわらずやってきたのならば、一夜も間をあけまいと思うのであろうと「あはれ」と思うであろう。
ところが、日ごろはさっぱりやって来ないで、どうなるか分からないとつらく思って過ごしていた人が、こんな雨の日に来たのは、さらにまた、こころざしがあるようには思われないのだ。




