第二六二段 男も女もよろずの事まさりて
男にしろ女にしろ、万事に勝って悪いもの、それは言葉が不都合な使い方であることだ。
ただ、使う言葉一つで、不思議にも、上品にも下品にもなるのは、どういうわけなのであろうか。それなのに、こう思っている人(自分自身)が、何事においても優れた言葉遣いができるわけでもない。どれがよく、どれが悪いかわかっているわけでもない。そうはいっても、人のことは、分からないが、ただ自分がそう思っていることを言おうと思う。
何ということもないことを言って、『そのことをさせんとす。』や、『言わんとす』『なにせんとす。』というのを、『と』という文字をなくして、ただ『いわんする』『里へいでんする』などと言うのは、すぐにたいそう悪い感じだ。
まして、文にそう書いては、言うまでもなく悪い。物語こそ、言葉を悪く書いてしまえば、書いた甲斐もなく、作者が気の毒になる。物語に、『直す』(間違っていたので、直しました)『定本のまま』(へんだとおもったけど、そのまま書きました。)などと書きつけてあるのは、とても残念だ。
「ひてつ車に」などと言う人もいる。(ひとつを、ひてつと言っている?)
『もとむ』のことを、『見ん』と皆言っている。
ひどく変なことを言ったとき、男などはわざわざとりつくろわないで、わざと言っているのは悪くない。自分の言葉にして身に着けてしまって言っているのが、期待外れでがっかりするのだ。
(言葉は、変化するので、何年かするとおかしな使い方が定着したりします。消えてなくなることもあります。言葉にうるさい人は、受け入れられず、文句を言い続けることも? 例 一万円からお預かりします。ナウい。etc.)




