第二五六段 関白殿、二月十日のほどに(その27)
東三条院詮子様より、
「ちかの塩釜(近くにいるのに、お会いすることもできませんね。)」などと言うようなことを書かれた御消息が届く。
陸奥の ちかの塩釜 ちかながら からきは人に あわぬなりけり 続後撰集
また、趣のある品などを持って使いの者が通ってくるのも、格別である。一切経供養も終わり、東三条院は帰って行かれた。
上達部なども、およそ半分の者たちがお供に来ていた。定子様が宮中にお入りになったのを知らず、女房達の従者は二条の宮にお帰りになると思って、そちらに皆行って待っていた。どんなに待っていても、定子様がお見えにならないで待つうちに、夜がずいぶんと更けてしまった。
宮中にいる私たち女房は、宿直の衣などを従者が持って来るだろうとまっているのに、さっぱりやってこない。際立って美しい着なれない衣を着て、寒いままで、やって来ない従者を憎らしく思い、腹を立てているが、かいもない。
翌朝になって、やっと来たので、
「なぜこうも気が利かないのか。」などと言うが、従者が二条の宮で待っていたのだというのを聞くと、なるほどもっともである。
翌日は、雨が降った。道隆様は、
「これこそ、私の宿世(前世からの宿命)が見えたようだ。どうご覧になるか。」と、定子様におっしゃるのも、昨日天気に恵まれご安心されたのも当然のことである。




