第二五六段 関白殿、二月十日のほどに(その21)
寺の御桟敷に車を挿し寄せられて、
「早く降りよ。」とおっしゃる。車に乗った時でさえ、朝日がさしていたのに、今はもう少し明るくなってはっきり見えているのに、大納言の伊周様はたいそう威厳があり美しく、御下襲の後ろが長々しく所狭しと引き続いている様で簾を打ち上げられて、
「さあ早く。」とおっしゃる。
かもじ(つけ髪)で整えてあった髪も、唐衣の中で膨らんで、みすぼらしくなっているだろうし、かもじの黒色と地毛の赤色が見分けられるようなありさまになっているであろうと、やりきれないので、さっと降りることなどできそうもない。
「まず、後ろに乗っている方から降りてください。」と言っていると、後ろの人も同じ気持ちなのであろうか、
「後ろにお下がり下さいませ。恐れ多く思いますので。」という。
「はずかしがっていらっしゃるのだね。」と笑って、立ち上がられた。何とかやっとのことで車から降りると、寄っていらっしゃって、
「『宗方などに見られないように、隠して降ろしなさい。』と中宮様(定子)がおっしゃので、私が来ているのに遠ざけられるとは、思いをわかっておられませんね。」と言って降ろして、お座りになる。
定子様がそのようにおっしゃってくださったのであろうと思う。定子様からのご厚意に対して、もったいないことと感じ、恐縮した。
ついに!やっと?葉月のレポートが、10,000pvを越えました。読んでくださった皆様、ありがとうございます。それにしても、第二五六段、長いですね。定子からもらった紙に、定子と藤原道隆一家をほめちぎり、ついでに自分の自慢も盛り込んで、渾身の力を込めて書いたのでしょうね。




