第二五六段 関白殿、二月十日のほどに(その6)
御前にある造花の桜は、色は増すことなく日に当たってしぼんで悪くなってしまっていて、みすぼらしい。雨が降った夜の早朝、たいそうみすぼらしくなった。
とても早く起きて、
「『泣きて別れん顔』に、期待外れでがっかりすることだ。」
桜花 露に濡れたる 顔見れば 泣きて別れし 人ぞ恋しき(拾遺集)
と言っているのを、お聞きになったようだ。
「雨の降る気配がしたね。桜はどうなっていますか。」と言って定子様が目を覚まされたときに、道隆様のいらっしゃる方から侍たちや下衆どもが来て、大勢が桜の花の下に寄ってきて、木をひき倒して、
「『こっそり行って、暗いうちに取り払え』と仰せつけられた。あたりが明るくなってきてしまった。困ったことだ。はやく、はやく。」と、木を倒して取り払っている。その様がおもしろく、
「『言わばは言わん』と、兼澄のことを思って言っているのであろうか。」
山守は 言わばは言わなん 高砂の尾上の桜 折りてかざさん(後撰集)
とでも、相手が風流な者なら言いたいものだが、この侍には分からないであろう。
「花を盗む人は誰であるか。悪いことであろう。全く物を知らないことだ。」と言うと、笑って、やめるどころかいっそう逃げ出して木を持って行ってしまう。
悪くなった桜を捨て置かず取り払われる道隆様の御心は、趣があって素晴らしい。そのままでは、枝に濡れた花がまとわりついて、どんなにみすぼらしかったことであろうと思って、部屋に入った。




