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第二五五段 御前に人々あまた(その1)
定子様の御前に、女房達などたくさんの人が控えて居るときに、お話をされるついでに、
「世の中が腹立たしく、不快で、ほんの少しの間もこの世にとどまる気持ちさせしてこず、どこにでもよいから消え失せてしまいたいと思っていますのに、ただの紙でもとても真っ白できれいなもの、よい筆、手紙用の紙、厚手のみちのくに紙などを手に入れると、このような世の中でも、もう少し居てみようかと思われるのです。また、高麗端の畳の筵が、青く細やかな模様で縁の紋が鮮やかで黒色と白色が見えているものを広げると、なんと、なおさらこの世は見捨てることなどできない、命まで惜しいと思うのです。」と申し上げると、
「なんとひどくちょっとしたことで、気持ちがなぐさ寝られるのですね。
わが心 なぐさめかねつ 更級や 姨捨山に 照る月を見て
と、古今集に歌われていますが、そんなことで心が慰められるのならば、いったいどんな人が照る月を見ても『なぐさめかねつ』などと言っているのでしょうね。」とおっしゃって笑われた。
そこに控えていた女房達も、
「ひどくちょっとしたことで得られる『息災の祈り』(仏教の災難を防ぐ祈り)ですこと。」と言っている。
(清少納言は、不遇な定子様の周りの空気を軽くしようと、このようなことを話したのだろうな。)




