380/454
第二五三段 いみじうしたてて婿取りたるに(後)
その年の二月にある人が法華八講(法華経八巻を僧が講話をする催し)をした。そこに人々が集まって講話を聴くところに、例の蔵人になった婿が、ろうの表袴に、蘇芳色の襲、黒半臂などをたいそう鮮やかに着ている。(おそらく新しい女が用意した衣服であろう。)
そして、忘れ去った妻の乗った車の、後ろの部分に衣が掛かりそうな様子で座っていた。
「妻はどう思ってこの蔵人になった男を見ているのであろうか。』と、誰の車か知っている人たちは気の毒がっていた。誰の車か知らなかった人も、
「薄情にも、よく座っていたものだ。」と、後で知ったときに言ったものだ。
やはり、男というものは、気の毒だという心持も、ほかの人はどう思うかということも、分からないものなのであろうか。宮仕えなどしない家に居るむすめは当然のこと、たとえ宮仕えをしていても年若く世の中というものにゆったりと慣れていないような者は、まったくもう。(男というものは女の心を踏みにじり、見捨てるものだということを心にとめておかねばならない。)




