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第二四一段 一条院をば(前)

 一条院を今内裏と言っている。(内裏が焼失してしまったため、定子様の叔父藤原為光殿の屋敷に遷御している。)


 一条天皇がいらっしゃる御殿を、仮の清涼殿として、その后である定子様の御殿には、東の渡殿(わたどの)(渡り廊下)を通って渡っていらっしゃるのだが、その前は中庭なので、前栽が植えてあり、柵で囲まれ、たいそう趣がある。


 (長保二年(1000年))二月二十余日の、日がうらうらとのどかにわたっていく日に、その渡殿の西の(ひさし)の間で、一条天皇は御笛をお吹になっていらっしゃった。藤原高遠(たかとう)が、(寛弘元年(1004年)以降の)今は大宰大弐(だざいのだいに)であるのが、琴と笛で『高砂』という曲を繰り返し演奏されていた。なんとも『いみじゅうめでたし』などと言うありふれた表現では、この素晴らしさが表現しきれない。


 高遠は、一条天皇の管弦の師であり、笛の事などを助言申し上げているのも、とても素晴らしい。


 女房達は、御簾のもとに集まって、出て、それを見申し上げる折などは、


 (せり)()みし 昔の人も わがごとや 心にものは 叶わざりけん とわが身の不満を嘆くような気持ちは、まったくない。


(内裏が焼失して、仮の内裏に住んでいても、中の関白家が没落し自身が髪を切り彰子が入内しても、一条天皇や定子様の素晴らしいことに少しも変わりはない。それどころか、いつもと違うお姿を拝見して感動している前向きな清少納言なのです。)



 

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