Ⅲ-ⅩⅦ.それぞれの戦地へ
「頼みがある」
バサーストは、初めて笑みを漏らした。
「エトルリア(我が)兵の、プロメテウス侵攻を防いで欲しい」
リコネスが愕きの眼でバサーストを見る。・・・どうやら本気である様だ。それが交換条件か。
「・・・俺は軍人でも何でも無くて、タダのカメラマンなんだけど」
「戦争の無い世の中にしろとまでは、言わない」
「・・・・・・じゃぁ、もちっと小さくして欲しいね」
リコネスが呆れた口調で言った。
「・・・・・・例えば、アンタの親御さんだけを避難させるとか」
それでもムリそうなんだけど・・・と投げやりな態度で付け加えた。バサーストは苦笑して
「それこそ軍人の仕事ではないか」
と、言った。
「・・・・・・アンタは具体的に俺に何をして欲しい訳?」
リコネスは何だか疲れていた。
「・・・お前が情報収集能力に秀でている事は、先程のあれで痛いほど解った」
バサーストは先程、彼に最新機器で以て脅された時の事を思い返した。目のつけどころが他のジャーナリストと比べて断然に違っている様に思える。それゆえの苦労も多かったに違いない。
彼自身も苦汁の選択で仲間を犠牲にしたのだ。辛くなかった筈が無い。
バサーストは戦場へ連れて来られてからずっと、人間を憎んで生きてきた。いつか自分を攫った上の者を殺してやると、また、事情も知らずに興味本位で自分等を撮るジャーナリスト達を怨めしく想い、命じられるが侭に殺していった。
自分はいつでも被害者だと思っていた。そうとでも思わなければ、同種を殺す事など出来ない。
しかし、それでは戦争は永遠に終わらない。
そして、一方的な被害者が、今目の前に存在する。
・・・やはり自分は加害者なのだと、思った。
「人喰いの写真は―――焼かないでくれ」
バサーストが彼にお願いする―――それは、自分の罪の証。
しかしそれが、人間の真実であり、戦争の本当の悲惨さなのだ。
後れている南半球にとってはタイム‐スリップの錯覚をする程に発展した北半球の機器。それを他人と全く別の視点を持つ彼が使って広めれば―――
「・・・その写真も、場合によっては、公開してもらって構わない。だから―――
呼び掛けてくれ。戦争はこれほどまでに残酷だという事を。何者かが、食い止める必要があるのだと」
無論、両親には特に逃げて欲しい。生きて欲しい。
しかし、得てしてそう願われる親ほど、決して逃げずに子供の帰りを待っているものだ。親というものは、そういうものだ。
それに、自分だけではない。
人が居れば、それだけの数、想い、想われる人が在る。両親だけに知らせ、両親だけを逃がすのは、根本的な解決には全くならない。
言ったところでどうせ逃げない。それならば、そうする暇があるのなら、一刻も早く、全世界に知ってもらって国軍に止めて欲しい。
「・・・・・・俺は提供者。コメントはコメンテータが付ける」
「それでもいい」
バサーストは快諾した。
「・・・・アンタは何か買い被ってるみたいだけど、俺も本質は他のジャーナリストと同じよ?アンタの命を前払いで買っただけだ。金でないモノも買う事の違いしかない」
少なくともリコネスの本気はそこに在る。感情論を商売の天秤には絶対に掛けない。事実が彼の本気であり、それ以上も以下も言わない。
「俺一人のコメ無しの写真で、軍が動くなんて到底思えない。現に皆やってる。でも出来てたらこんな戦争起こってないよね?」
受ける受けないの前に、まず無理な話だ。だがそれはバサーストも承知済。
「・・・お前はジャーナリストだ。ジャーナリストの範囲ですればよい。介入するかしないかは、軍と運の問題だ」
そう言って彼は、淋しげに笑った。
「・・・・・・釣りがくる」
リコネスは下を向いて、それだけをぽつりと言った。返事の要らない一方的な手紙は、出せばそれでいいので簡単だという事を知っている。
「・・・少女から聴いた」
少女は言った。
『これまでずっと、私は火星全体を救おうと想っていました・・・でも、少年兵達の事は想像もつかなかった・・・・・これは、私の無知です』
自分とそう変わらない歳なのに、自分と同じく戦場へ、だが少女は自分の意志で来た。
「・・・・・・火星を救う為に、お前達は動いているのだとな」
『そして、火星を救うと言っているのに・・・・・すぐ側に居るあなた達を助ける事さえ出来ない・・・・・・これは私の、実力不足です・・・・・・!』
彼等は現実を知っている。現状を知っている。現場も知っている。そして何より、世界を見ている。自分より視野は、格段に広い。
どうせこの身だ。ささやかでも皆無ではない可能性を潰して、守る身分でも無い。
「お前達の戦場は、此処ではない」
少女のスパイ任務について聞かせてもらった。プロメテウスの小さな学校でも、授業に出てきた大きな機関・・・・・・『国立航空宇宙局』。
幼ながらにどれほどの機関かと、興味を抱いたものだ。成長と共に、その幻想は消えて往ったが。
だから驚いた。北半球の実状を聴き、難しい話はよく解らなかったが、技術としては火星から違う星へ住まう事が出来るらしい。
正直、生きる事で精一杯のこちらとしては、どちらの星へ住まうかは然して大きな問題ではなかった。それこそどうでもよい事だと思う。しかし、それでも嬉しいのは―――
『ごめんなさい・・・・・・!!』
それでも真剣に戦場を、火星を救おうとする人間が在た事。
「お前達には、お前達の戦場が在る。其処へ征き、戦え。そして火星を救ってくれ―――俺達の為に」
リコネスは溜息を吐いて、どうしようかという風に言った。
「・・・・・・また、大業な話に、したもんだねぇ・・・・・・」
その大業な話も、その眼とその腕を以てすれば啓けるかも知れない。そして彼自身、それに大いに関心があるはずだ。バサーストは取り組み易い様、興味を惹かせる様にして言った。
「お前達がすべき事を、専念してやる事。それが延いては俺達の救いとなる」
「・・・・・・」
重荷にならぬ様言ったであろうバサーストの言葉。
言い換えればあまりに抽象的で掴みづらく、それでいて手の抜けない難題を押しつけられたとも受け取れる。
「リコネス!」
バサーストの結構離れた後を歩いていると、オポが向こう側から走って来る。飛び込んで来られて、リコネスは眼を見開いた。
「!」
目の前で停止するものだろうと思っていたのに。咄嗟にオポを受け止めながらも、彼は何故これほどまでに懐かれたのかを思案していた。
「私達、出られるんですよ!」
「は・・・」
子供の相手をしていた為か、精神年齢低下の一途を辿るオポを半ば呆然と見つめるリコネス。
別の足音が聞えて顔を上げると、二人の女性が此方へ向かって歩いて来ていた。
「・・・あなたがたを、出口まで案内致します」
「・・・出口――?」
「そう。私達がいつも通ってこの地へ避難する道―――その裏道を通って外へ出れば、無事に駅へ着く事が出来るわ」
リコネスは思わずオポを見下ろした。裏道が在ったとは。しかもその存在を教えて貰えるとは、どれだけ相手に信用されているのか。
「案内人は・・・カラード。彼女があなたがたを、責任を持って出口までお送り致します」
もう一人、彼女の後をついて来ていた女性が前面に出て礼をする。逃げるならば今だと思ったのだろう。それに時間は元から無い。
カラードは早速二人の手を握ると、此方へ。と言って牽いて往った。早足でゆく。
オポが振り返ってクレオールとバサーストを見る。淋しげだが明るい笑顔で
「またね!」
と手を振ると、案内人のカラードよりも早く走り去って往った。
彼等が居なくなった事が完全になってから、バサーストが先にふっと息を漏らした。
「・・・・・・何?」
クレオールが顔を紅くして、バサーストを見上げる。彼が何を思っているのか、想像がつく様だ。
これ即ち、彼女自身も自覚があるという事に繋がる。
「いや・・・・・オポチュニティ・・・だったか?」
バサーストが堪える様な笑みを漏らす。それはリコネスに見せた笑みとは違う、特別なカオ。妻にしか見せない、夫の笑顔だ。
「君にそっくりだな」
「なっ・・・何処がです!!」
クレオールがかっとなってバサーストに突っかかる。バサーストは両手を上げて半歩後ろに下がりながら
「そういうところだよ」
と、可笑しさを遂に声にまで表した。クレオールはますますムキになって
「私はあんなに子供ではありません!」
と、叫ぶ。バサーストはあっさり、雰囲気はね。と受け流すと、少し照れた様にまた違う笑みを浮べて
「いつでも強気なくせに、泣虫だったり、すぐ照れたり。それを隠そうと更に意地を張るんだよな」
と、言った。
本来ならばもっと怒るところが、彼の珍しく惚気た笑顔に見蕩れてしまう。どもって何も言えなくなる。だが
「・・・さて」
夫婦のいちゃつきも程々に、バサーストは元の兵士の顔つきに戻る。
「これからが大変だ」
しかしそれでも愛しそうにクレオールを見ると、案ずる様に真剣な口調で言った。
「・・・・・・大丈夫か」
しかし、触れない。
「・・・・・・大丈夫よ」
言いながら、彼女の額には脂汗がうっすらと浮ぶ。しかし、バサーストはそれを拭いてやることすら出来ない。震えている手を、握ってやることすら、難しい。
「・・・・・・すまない」
「いいえ」
恃みの綱は、彼女だけなのだ。
クレオールを戦争に捲き込んでしまった事を、本当に申し訳無く思う。自分があんなヘマさえしなければ、自分も、彼女も、この戦場には居なかったのだから。
クレオールが来てくれたから、バサーストはバサーストでいられた。
二人は別の道へと歩いてゆく。クレオールはサビウスの塔へ続く坂へ、バサーストはヘラスの更なる大地へ。
その日、ヘラス方面で、珍しく雲が揚がったのが見えた気がした。




