Ⅲ-ⅩⅤ.チレナの同胞
{更年期?オバサン}
印籠の中からこんにちは。リコネスがいつぞやのオポチュニティそっくりな事を言う。
わざとだ、こいつの場合は絶対にわざとだ。
「うっさい!!あんたの方がよっぽどダークじゃないか!!向かい側にまでその雰囲気がやってくるよ!!」
{サーベスの服買ってやってよ}
「はぁ!?」
話が飛びに飛びまくる。彼等の会話をまるで聞いていなかった彼女には、何が一体何なのかが全くわからない。この断片的な会話を聞いただけの方もよくわからないであろうに。
「何であたしがあんなボーヤに!!」
{いーじゃん。サーベスについてくんでしょ。これからも}
「あたしゃオポチュニティを追ってんだよ!!ボーヤはその為の手段だし!!」
シェリフが彼の不条理な論理にキレる。言っている事は滅茶苦茶なくせに、それが妙に辻褄が合うのが腹立たしくも不思議でならない。
「だから、俺について来たところでオポには会えないんだって」
サーベスが呆れた顔をしてようやく口を挿む。だがそのささやかな抵抗も、お黙り!!の三,四若しくは七文字と二つの記号で一喝された。まるで相手にされていない。
「ふっふっふ・・・」
かと思えば、リコネスの方へ向き直り今度は不気味にひとり声ある含み笑いを始める。距離的に近いサーベスの方が血の気が引いた。
「―――いいや。会えるね」
シェリフは挑戦的な口調で言うと、勢いよくリコネスを指さして自信満々に口角を上げて咆えた。
「あんたがこのケータイに掛けてきたってコトは、後々このボーヤと合流するって算段だろ!そこにオポチュニティも来るハズさ!!」
{いや、掛けてきたのサーベス(そっち)だから}
リコネスがあっさりとばっさり切り捨てる。勝ったと思ったのに。
シェリフは余計な事をしたサーベスをチンピラの如く睨みつけ
「・・・・・・あい。電話代、払えや」
と、実に現実的で地に足の着いた取り立てをした。何気に左脳派の彼女である。そして、今回は彼女の方が正しい。
「君に払う様な金は持ち合わせていないな」
ただの文無しのくせに、ものすごく上からみた態度で偉そうに言うサーベス。目尻の付近で頻りに手刀を上下するのは、優等生の真似事か。しかし顔立ちのせいか、実質はニートな引き篭りでもその様な仕種をするだけでそれらしく見えるから得だ。
「あぁん?闘るか?」
シェリフが引き続きチンピラの調子で優等生サーベスに喧嘩を売る。だが彼は引き続いていなかった。
「―――殺ろうか?」
車のエンジンをブンブン吹かしながら、今にも轢き殺しかねん危うさで哂い返してくるサーベス。眼球への光の入り方が尋常でない。
(―――濁―――!!)
優等生から殺し屋へ。この頃流行りのキレる若者。
動的か静的かの違いはあるが、身に染みついてはいるがいつまで経っても慣れない感覚。
その様なモノを受けた気がしてシェリフは慄いた。珍しく誰かに縋りたくなる。
そう思って振り返るとリコネスが背後でニヤニヤ嗤っている。シェリフは白眼になって倒れそうになった。こいつにだけは火星がどうなろうとも絶対に頼りたくない。
「・・・っ!大体っ、あんた今ドコに居るんだい!ったく、最初からそうすればよかったよ!こんな二重人格ボーヤについてく必要なんて別にありゃしなかったんだ!言いな!ボーヤといないという事は、オポチュニティはあんたと一緒に居るだろうからねぇ!!」
「ヘラス」
{はぁ!?}
間髪入れずに言うリコネス。恐らく彼女の捲し立てた言葉の3分の1を掻い摘んでしか聴いていない事だろう。彼とはそういう男だ。
「チレナのおとないさんてコトは知ってるよね?」
{まっ、ま待て待てチレナのおとないさんてコトは知ってるが・・・}
シェリフが彼の台詞をそのまま反復する。先程述べた通り、火星治安を担当するのは国家刑事警察機構。実状を知らなければ問題だ。
{何であんたまたそんなトコロに居るんだい!?しかもオポチュニティ連れて!!}
「サーベスに訊いてよ・・・・・・」
心底うんざりした様子でぼそり言うリコネス。本当に同じ事を何度も言う事が嫌いらしい。
{何故だー!!}
即刻、画面の向こう側でうがーっ!とサーベスに八重歯を剥きだすシェリフ。印籠を彼女に向けた侭姿の見えない彼は、やけに響く冷たい声で
{さぁ・・・?墓参りだとか言っていたが}
と、あっさり返した。殺し屋路線今も継続中。シェリフは渇いた笑いをした。
{は・・・ははその顔に墓参りかい!?あんたに限ってそんなコトは絶っっ対にないと思っていたけどね!!ちゃんちゃら可笑しいさ!}
「そう?」
散々な言われ様である。だが寧ろそちらの方がカラッとしていて気持ちがよい。リコネスはつられて爽やかに哂った。
「ならヘラス(こっち)においでよ。来る勇気があるなら」
{あたしをなめんじゃないよ!オポチュニティを捕まえるためなら、雨が降ろうと槍が降ろうと関係ないね!!}
「―――へぇ?」
リコネスが宿した笑みを絶やさずに、不意に背後を振り返った。
彼の後ろには、いつの間にかバサーストが控えている。
{―――!!}
「!!」
共に同じ金髪碧眼。彼等は民族同士の“再会”に絶句した。リコネスがこれを予測できる訳が無い。だが、この落ち着き様は何だ。
「お前―――」
リコネスがどこまでを知っているのか、それこそ知る由も無い。ただ、シェリフはエトルリア人の特徴を色濃く受け継いでいる。現にチレナの娘なのだから。それだけを利用したに過ぎないのかも知れない。
しかし、だとしたら、彼は実に勘が良すぎる。
「―――一度逃げて捨て去った土地に、向き合う勇気はあるの―――?」
誤解されてしまうじゃないか。否、誤解を狙っているのか。シェリフはそこまで思考を廻らせると、ブチリと切れた。
{全くあんたは底意地が悪いね!あたしゃ物心ついた時にゃメリディアニにいたんだよ!あたしが捨てた訳じゃなし!}
以前暴露されたハゲチャビンやら潰れた前頭葉やらの経歴書が正しいハズがない。幼すぎて記憶に残らない事をしたい放題利用している。
リコネスは腕を組んで、彼女の何処までも彼女らしい反応を愉しそうに視ていた。
{おい!そこ!文句言いたきゃあたしの両親に言いな!ある種の被害者を勝手に勘違いして恨んでんじゃないよ!!}
戦場の不幸な少年兵にさえ指をさして喝を入れるシェリフ。リコネスは素直な笑みを浮べて
「・・・・御見事」
と、彼女を称賛した。だがすぐにまたダークな笑みに戻って
「・・・・・・で、来るの?来ないの?」
と、有り得ない程の猫撫で声でシェリフに言った。シェリフは背筋をゾクリとさせる。
{い・・・イエ、ヤメトキマス・・・・・・}
戦場の恐さを知らない人間等の会話である。故郷が戦場云々の前に、この男が居れば精神的に骨抜きにされて、後進的土地で先進的な死というレアな殺され方をし兼ねない。それならサーベスを尻にでも敷いて、ラクしてオポチュニティを捕まえたい。
「そう」
今日のリコネスはよく笑う。
「ならそっちへ出向いてやるから、サーベスをよろしく」
{あんたは別に要らないんだけどね・・・・・・}
シェリフは率直な感想を述べた。
サーベスは上目遣いに何かを見た。そして彼もまた、突飛な事を言う。
{――じゃあ、これから古着屋さん行こう?俺に服買って}
{あたしはあんたの保護者かい!!そんなん自分で買いな!!}
「・・・・・・」
電話口が煩い中で、今度はリコネスが上目遣いで何かを視る。その“何か”とは、きっとサーベスと互いに同じモノだろう。
バサーストがいつから此処に来ていたのかは、彼自身も知り得ない。
「サーベス」
彼は適当な話題を見つけた。
「オバサンとの話はもう終わった。後はそちらさんで適当に。画面を元の、アンタの映る所に戻して」
「用済みゃあたしを見るのすらどうでもいいんかい!!」
そうそう。サーベスが画面を自身の方向へ動かすのを手ブレで確認し、頷くリコネス。シェリフは勝手にその頷きを勘違いして捉え、小指と人さし指を立ててショックを表していた。昔の少女漫画みたく、眼球が画かれていない。
{・・・・・・こうか?}
画面上に、久々にサーベスが映る。黒髪・黒眼。リコネスにはそれしか判断が出来ない。
「・・・・・・そっち、空が緋い?」
此方から見る限り、空は緋色に視える。緋色の空というやつだ。
サーベスは今気づいたかの様に、空を見上げる。きっとステート=シェリフから逃げる事に必死だったのだろう。
{・・・・・・そういえば、緋いな。君と電話を始めた時までは普通の空だったんだが}
緋い色の光を受けて、虹彩の色がグレーもしくはダーク‐ブルーに見える。
{・・・・・・この頃、緋色の頻度が高くなっている様な気がする}
そのグラウコーピス(海のグレー)が、不安そうに目を細めて元の黒いグラウクス(梟のグレー)となった。
「・・・・同感」
リコネスが彼に同意する。
{そっちは―――?}
リコネスも振り返り空を視る。依然見張る様に背後に立つバサーストと目が合った。
「・・・・・・ヘラス(こっち)は何か太陽が蒼いよ。もう夕方のハズなのに。何でだろうね」




