Ⅲ-Ⅻ.戦場の夫婦の形
「でも私、びっくりしました!」
オポがこれまでの女々しい感情を払拭する様に声を弾ませた・・・否、彼女は確かに女だが。こういった感情には慣れていなかった。
「そこまで怪しいと判っているのに、皆さん逃げないで私によくしてくれるんですもの!感激しました!」
オポが自身に寄りかかっていた、寝惚け眼の小さな子をつんつくつくじる。奇襲を受けたその子は、何がどうしたのか解らない様で眼をしぱしぱさせた。だがこの子はまた眠る。
「でもそれは何故です?少女と思ってみていても、武器とか大量に隠していたら危ないですよね?」
おどけて彼女等を挑発してみせる。しかしその愉快な姿が子供達には好評だった様で、賑やかな笑いが巻き起こった。
カラードもくすくす笑う。クレオールを肘でとんとんとつついて、どうするの―――?と訊いた。クレオールは頬を紅潮させて
「・・・どうも何も、当り前でしょう」
と、カラードにしか聴き取れない小さな声で反論した。
オポは飛びついてくる子供を片っ端から引き剥しながら聞き返した。
「何です?」
「貴女はサビウスの塔から下りて来たのでしょう」
オポが見てくるなり、顔から紅みを抜き取るクレオール。オポはその咄嗟の脱色表情変化に不思議そうな顔をしながらも
「え、ええ」
と答えた。
「なら大丈夫だわ」
「えっ?どういう事ですか?」
クレオールは瞬きをして、意志が強すぎてきつい印象すら与える碧い眼をオポに向けて
「バサースト(あのひと)は、敵を逃さない」
と、いっそ清々しいほどに、はっきりと宣言した。オポは目をぱちくりさせる。
そして・・・ふーん。と意味ありげにニヤリと哂った。
「・・・へぇ~。そうですかそうですか~」
「な・・・何よ」
クレオールの気の強い眼が、微妙にでれっと崩れゆく。オポはその綻びに付け入る様に、へぇ~・・ふーん。と散々に間伸びして言った。
「そんなにカレが好きですか~」
「夫婦なのだからそういう言い方をして当り前でしょう」
クレオールの反応は想像以上に大人だった。それでもやはり照れているのか、語尾まで行き渡らずに少々ムキになった口調になる。
しかしオポは別の事柄に気を取られた。
「えっ!?夫婦??」
待って法律じゃ16歳以上ですよ!婚約者という事じゃないですよね?私なんて未だ恋すらした事無いのに!気になる人はいるけれど・・・!さんざん己の心の中で、嘘だ嘘だと喚いた後、オポはこの様な処で嘘をついても仕方が無い事に気づく。16歳の法律も、恋の自覚というモノも、火星法を破って強制徴兵されるこの地では、何の関係も無い事だ。
オポの表情がみるみる落ちてゆくのを、カラードやクレオールは敏感に感じ取った。
「・・・私はこれでも晩い結婚よ。それに・・・・・愛してる・・・人と結婚できたから。憐みの眼で見ないで欲しいわ」
憐み・・・?オポはそれとは少し違う気がした。何か、底から突き上げてくる様な言い知れぬ不安・・・・・・
「おそい方・・・ですか?」
「そうよ。その点では、カラードは私より先輩に当るわね」
え―――オポは半ば怯えた様な目つきでカラードを見る。カラードはそんな好奇の眼を向けられても平気そうな、鷹揚な笑顔を彼女に返した。
「え・・・と。旦那さんは・・・・・・」
オポが訳の解らない事を言う。だが脳みそをどれだけ絞っても、それしか思い浮ばなかったのだ。カラードは微苦笑を浮べながら
「そうね・・・敢て謂うなら“あのひと”かしら―――」
と言って、何処を見ているのか判別のつかない遠い眼をした。オポが彼女を最初に見た時に感じた、がらんどうな眼だ。
オポはしまった、と思った。クレオールは何事も無いかの様に言ってくれたが、この様な環境、幸せな筈が無いのだ。
カラードは虚ろな眼をくせの様に微笑ませながら、気丈にも自らの腹を摩った。
「―――でもね、あなたのお父さんは、あのひとじゃないの」
「え?」
オポはもう余計な事は言うまいと決めていたが、聞き捨てならない台詞に思わず過敏になり、また聞き返してしまった。
「あなたのお父さんは、誰かしらね―――」
オポはその言葉の裏にある真実に気づいてしまった。絶望に森色の眼が枯れそうになる。
カラードは真実によって涸れてしまったであろうその眼を瞑らせて、屈託無く顔をにこにことさせながら
「女ってね、12を過ぎると子供を産めるのよ」
と言った。それはとても透明な響きで、運命の悪戯を恨む事すらも忘れてしまった様に見える。もしかしたら忘れる事で、運命というものを責めているのかも知れない。
―――信じられない。自分と同じ年の子が、まだ法の保護下にいる子が、その身に幼子を宿している―――
嫌だ。オポの胸はドクンと大きく鳴った。今まで大変だなぁと思っていただけの事が、痛いほど身近に切迫しているのがわかる。少年兵や子供達を見てかわいそうだと感想を懐いていただけなのが、女性だとどうして、こんなの、誰もなりたくないはずなのに、と、やり切れなさでいっぱいになった。
カラードの腹は、まだ言って貰わねばわからぬ程度の孕み具合だ。これが、オポが彼女に感じた違和の元凶。
赤ちゃんと意識してはいなかった。ただ生唾を呑み込んでカラードのお腹を見ていると、カラードが腕を握って自身の腹へと持っていく。オポは身体をびくりとさせた。
「!」
カラードは、この時初めて不思議そうな顔をした。
「どうしたの―――?」
「い・・っ・・・・いえ!」
「―――触って―――?」
・・・・・・はい。オポの表情が、どうしてかとても悲しげに見える。ここにもう一つ、貴い命が眠っているのに。
オポがこわごわと腹に手を当てる。触れた瞬間、またすぐに手を浮かせた。見た目よりも近くに在って、驚いたのだろう。
再び当てる。慎重に上下に手を動かした。
「―――大丈夫。こわれないわ」
オポが押す様な形で、少し強めに腹に触れる。この子はまだ、表面を撫でるだけでは鼓動は感じ取れない。
くい、と押すと、ぽこ、と力が跳ね返ってきた様な気がして、オポは目を瞠った。もう一度押す。返ってくる。この時になってやっと、それは己の意思を持った別個の人間に対して想っている事なのだと気づいた。
・・・・・・感触のまだ残っている手をもう一方の手で強く握る。取り返しがつかない、もう後戻りは出来ないところまでこの女は来てしまった。
「―――オポ―――?」
せっかく止まった涙なのに、先程より大きな粒がポロポロと落ちてゆく。瞑ったら流れるからと眼をまんまるく開いても、落ちてゆくので全く意味が無い。
カラードは初めて、哀しげな表情になった。
「―――泣かないで―――」
カラードが子供の様に泣きじゃくるオポを包み込む。背中を優しく摩りながら、彼女の耳元で呟いた。
「―――新しい命なのよ―――オポは同じ人間が生れる事、悲しい?」
オポはふるふると顔を横に振った。でもこの妊娠は、誰も望んでいない。なのにリスクは相当に高い。育てられるかわからないし、それ以前に産めるかどうかもあやしい。
そして―――産めば、毎日、自分を犯した不特定多数の男の象徴と、常に顔を合わせる事になる。愛せるか。
「―――確かに、怖かった―――」
カラードは今までに無い顔をする。声が震えているのが判る。
「やめてって、どんなに必死に叫んでも、だめなの―――黒色の扉は、いつまでも閉まって―――・・・女って弱いわね、覆い被さられるともうだめなの。動けないし、どれだけ暴れても
「もういいです!!」
オポは叫んだ。
「思い出さなくて、いいですから―――!!」
オポがカラードを抱しめる。自分が抱かれた分、きっちりと。カラードは暫し驚きやがて笑顔になると、その目にいっぱいの涙を溜めた。
「―――腹の子はやっぱり私の子なのね。半分は誰の血か判らないけれど、あと半分は確実に私の血だもの。それに、この子、意外と剛情なのよ。湿っぽい気持ちになったら蹴ってくるの。きっと、私や父親と一緒にするな、って言っているのね」
カラードは本当に、今後が楽しみな顔をした。無邪気な、これまでで最も感情のある笑顔を作った。透明に、澄んだ涙が零れ落ちる。
「腹の子はきっと大丈夫よ。確固たる自分の意志を持っている。この子は私でも父親でも無い、罪の無い、別個の存在なのだから―――」
体勢の変ったオポに、再び寄りかかっていた子が起きる。その子はいつもカラードがしている真似をして、優しくオポの紅い髪を撫でてやった。
「―――私が、こう思える様になったのも、クレオールのおかげね―――」
クレオールが眼を細めて二人を見ている。遠くに居る子供達も何事かという顔をしている。中には心配そうな面持ちの子も居る。
「貴女は、私のこの姿を見て、そんなの辛いと想うかも知れない。でも、私は貴女がひとを怨みながら生きているのを見て、寧ろそちらの方が辛いと想うわ」
カラードは言う。
「―――だから、こうすればこうならずに済んだのかも、とか、こうしてあげよう、とか、そのひとにたとえ何があったとしても、思わないであげて欲しいの―――その経験が、そのひとを、形づくっているのだから」
カラードには、実例を用いてたくさんの事を教えて貰った。己の実例までも用いて。
「解っ・・・て・・います・・・・・・!」
これは忠告だ。
しかしあまりにも悲しすぎる。カラードが、では無く、その様な犠牲を創り出すこのセカイが。
オポは前ばかりを見過ぎていたのかも知れない。
「・・・優しいのね」
オポが泣いている間中、ずっと頭を撫でてくれていた子がいた。徐々に落ち着き始めると、恥ずかしさとともに焦りが生れてきた。早いとこ泣き止まないと、この子はいつまでも撫で続ける。
「ありがと!」
オポが視界のはっきりとした森色の眼をくりっとさせて、いつもの明るい笑顔で言った。がしがしと頭を捏ね回してやる。痛い痛ーい!ともっともらしく言う子供に、なんてー?と更にこねこねしてやる。
と。
ジャジャッジャジャジャ、ピー♪
何という音でしょう!オポの携帯電話が鳴る。
雰囲気にそぐわない着信メロディに、オポはつい顔を紅くした。子供達が物珍しそうな顔をして此方へ集まって来る。
「いちごー」
「ワインー」
「うっうるさい!何言ってんの!?」
オポが子供等をべりっと剥しつつサブ‐ディスプレイに眼を遣ると・・・
『ステート=シェリフ』と書いてある。
「・・・・・・?何でオバサン・・・?」
出たくないなと思いつつも、まぁ、音声機能のみにすれば場所は特定できないからいいかなと思い携帯電話を開く。掛けた側の顔は画面に映るという。火星の携帯電話は優れモノだ。
画面に映っていたのは。
「!サーベス!!?」




