Ⅲ-Ⅺ.戦場の少女たち
さてさて。夢を壊す様な話をしよう。元々私は自分の作品に、夢という幻想を懐かせる事は考えていない。敢て夢を懐かせるとするならば『登場人物の紹介』という事になるのだろうが、あくまでも私は研究者であるので、人物云々の話はしない。彼等の命名は火星探査機だ。よって火星探査機の純粋な話に移る。其でも講義を受ける気になった者だけが、本当に火星に興味を持つ者と私は解する。
先ず、火星探査機は火星近傍を通過し、火星の周回軌道に投入される物と火星に着陸して探査を行なう物、二つの種類に分かれる。
周回軌道に投入される探査機は、火星表面の撮像や上層大気を観測する役割を担う。要するに周回衛星だ。
火星に着陸する探査機は、土壌分析や大気成分観測、生命探査を請け負う。之等火星の赤土の上を歩く機械はローバーと呼ばれる。ローバーが着陸した事はまさに画期的な出来事で、着陸に成功する事が無ければ火星は永遠に謎の星だった。周回衛星に搭載するカメラの解像度が上がれば永遠では無いだろうが、解像度を上げられるほど技術が向上しているのならば、ローバーを着陸させる事も出来るであろうから、やはり永遠である。
ローバーはまさに偉大なる成果を残した。ソジャーナと名の付くそのローバーを搭載していたのが、マーズ=パスファインダーである。
『貴女はどんな大きな目標の為に戦場へ来たの―――?』
「え・・・・・・」
オポは困った。いえ・・・偶然です・・・・・・!というのが本音だが、しかし、そう言ってよさげな雰囲気ではない。
そもそも、オポ本来の目的と今回の戦争は全く関係が無い。覚悟の度合が違いすぎて、納得をしてもらえないのだろうか。
思考が同じところをぐるぐる回る。しかし、流す訳にもいかないだろう。オポは指折り数えて、口に出して言ってみる事にした。
「えっとですね、リコネスについていって・・・」
「リコネスについていったのは、彼を理解したかったからなのよね」
カラードがさらりと合いの手を入れる。オポはそれを聞いてかぁーっとなった。確かに間違いではないけれど、その言い方は語弊がある気がする。
「そ・・・そりゃ、仲間ですから!!そんな、理解しないのが当り前みたいな・・・・・・まぁ確かにっ、恋人じゃないとそんな事言ったりしない世の中ですがねっ!!」
ひとりで話を大きくして、恥ずかしさに耐え切れず両手で顔を覆うオポ。身体ごと左右にぶんぶん振れる。カラードはまたも面白いなぁ・・・と思って彼女を暫く眺めていた。
「何故、理解してまで仲間が欲しいの?」
少し経ってカラードの発したその質問に、オポはぴたりと動きを止めた。結構強めの声に聴こえたのだが、カラードは変らず優しい笑みを浮べている。
カラードは先程より幾分柔らかく感じる声で、もう一度訊いた。
「目標が有るのなら、他人を理解しようとする時間は勿体無いのではないの?」
「―――」
オポは解り切った事を本気で自問していた。あの人達を理解する事は、緋色の空の目撃者を国立航空宇宙局より先に確保する“手段”であった筈だ。だが今は、手段を獲得するのにてこずりすぎて、手段そのものが目的となりつつある。
危ない危ない。ありがとうカラード。オポは心の中で彼女に礼を言いながら、歯切れよくこう答えた。
「仲間が居ないと、私一人じゃ、目標を達成できないからですよ」
カラードは微笑みをやめていた。オポが悩み始めたからだ。だがそれは本当に短時間の事で、すぐに思い出した様に表情が明るくなって言う。すると彼女も再び笑みを作った。
「―――本当に大きな目標なのね―――」
しかしカラードはオポの大きな目標についてはこれ以上触れる事はせずに、代わりに彼女等の近くを通ったクレオールが、歩を止めて対照的な厳しい声をオポに宛てた。
「―――貴女、単なる少女ではないわね」
「え――?」
「この様な戦地に他国から普通の少女が入って来る訳が無いわ。少なくとも貴女、学校へは行っていないわね」
クレオールは間髪入れずにすぐさま次なる言葉を繋ぐ。オポの答えは求めていない様だ。
オポは軽く凹んだ。やはりこの様な戦地において、自分は怪しまれるべき存在なのだ。殺されていてもおかしくない―――オポは自分の赤みのかかったブロンドを、初めて恋しげに触った。
「・・・でも、教育は受けている様ね」
きつく結んだ唇が、少し緩くなったのが判る。
「貴女が話が解るものとして訊くわ。貴女は何者なの?普通の職に就いている訳が無いわよね」
う・・・オポは答える事さえ躊躇った。先程のクレオールの態度をみていて、素性を言えば誤解されて騒がれて、応援が来てしまうかも知れない。何としてもそれだけは避けなければ。
「・・・・・・どうか、どーか落ち着いて聴いてくださいねっ!?」
落ち着いてと言いながら、自身が一番落ち着いていないオポ。クレオールの両手をぐゎしと掴んで両手でぶんぶん振ると、クレオールは都合の悪そうな顔をしてはいはいと言った。
「真っ当な仕事で無い事は既に判っている事だわ。今更何を驚けというの」
そういう事ではないんですけど・・・;オポはどうしようと思ったが、クレオールはもう質問の答えにしか聴く耳を持たなさそうだ。
オポは大きく深呼吸をする。意を決して言う事にした。
「・・・私、実はスパイなんです」
クレオールが瞳を大きくする。オポは慌てて弁解に回った。
「で、でもですね!この戦争とは全く関係の無いスパイです!その、国立航空宇宙局って知ってますか?そこの情報を盗んで彼等の危険な研究を食い止める任務をしているんです!」
途中で絶対に横槍が入ると思っていたのだが、全部を言わせてもらえた。後は聴いてくれているかどうかなのだが。
「・・・・・・どういう事?」
「!」
クレオールが眉をひそめて聞き返す。興味を懐かれた様だ。この女性は、結構な教養が有る。視野もなかなかに広い様だ。何故彼女がこの様な戦場に・・・?オポは逆にクレオールに対しその様な疑問を懐いた。
「―――詳しい話が聴きたいわ」
「星単位で―――」
近くで小さくまとまって遊んでいた子供達が、クレオールの膝の上で眠ってしまう。オポにも子供が寄りかかってきて、重・・・と感じると同時に、無防備な子供に少し照れくさそうな顔をした。
「火星全体を視野に入れているなんて、すごいわね」
カラードの隣に控える8から10歳程度の女の子は話の内容がよく解らない様で、正坐から体勢を変える事無くずっと黙っている。
「い、いえ・・・・・・」
オポは何だかきまりが悪くなった。星がどうとか声高らかに叫んでいたが、火星についてのこの現状については全然知らなかった・・・否、情報として耳に入れてはいたが、所詮他人事だったのである。
今、自分が生きている事の不思議。
クレオールは下を向いて、一定の速さと柔かさで子供の頭を撫でて。
「―――でも、何故スパイになろうと思ったのかしら」
カラードが眼を細めてオポに尋ねた。オポは何故かギクリとする。気まずそうに、上目遣いでカラードを見た。
「別にスパイ(犯罪者)にならなくても、火星を救う手立てはあると思うのだけれど」
クレオールがちらとオポを見る。オポは二人の対照的な視線を受けて、うっと言葉に詰った。
「えっ・・・と―――?」
スパイ(荊)の道を選んだ理由。それは毎日聖書の如く、今も心に反復している。忘れるはずが無い。
あの人達の様に、別段隠す気も持たない。なのに、喉にほっけの骨が刺さった様なイガイガ感と、それに加えて神経が迷路をいく様に脳内のあちこちでぶつかっている混乱に見舞われる。
無理して言おうものなら、冷や汗と涙が2対1の割合で放出されそうだった。
「―――?」
経験した事無い事ばかりで、オポはほとほと困ってしまった。もう笑うしか無い。
「・・・・・・サビウスの塔にね」
カラードが隣の女の子の肩を抱いて、自身へ引き寄せた。
「バサーストの他に、3人の兵士が居たでしょう」
「?え、ええ―――」
お金を漁っていた少年兵の事か。あの時は正直、愕然とした。人間とは追い詰められればああいう風にまでなってしまうのだと思った。
「その中の一人で、シエラ=リオンというのだけれど―――彼は、両親を殺されてこの地域に来たんですって―――」
オポがはっとする。直後、瞼が重くなった。真っ直ぐを見る事が出来ずに、まつげが震えて唇を噛みしめる。
「・・・・・・それで、両親の復讐の為に、兵士になったと―――?」
「それは判らないわ――その時のショックかしらね。声が出ないの。だから彼から話しては貰えないわね」
やっぱり此処は戦場なのだ―――オポは思った。しかし条件は、とてもよく似ている。
「でも、彼があのひとを怨んでいる事は明らかね。声を出す事は出来なくても、彼の眼はいつでもあのひとを射止めているわ―――」
オポは何も言えないでいる。しかし、カラードが何を言いたいのか、その予測は、ついた。わざわざ両親を殺され復讐に燃える、声の出せない兵士を引き合いに出した理由も。
「―――オポ」
「言わないで」
オポが、カラードがこれ以上言葉で具現化するのを止めさせる。口から出せば、崩れてしまうほど脆いモノだ。
「解っ・・・て、います」
言えなかった。それが今、実証された。カラードが解らせてくれたのだ。オポは感情を御座なりにし過ぎた。
自分が一番振り回していたのかも知れない―――オポは実は無視していた心を、反省した。




