Ⅲ-Ⅹ.カラード
「・・・・・・あの、少女は・・・」
黙ってずっと下を向いていたリコネスは、ピッチニーニのその声に瞳だけを彼の方へ這わせた。
「あの少女は、何故この様な戦場に・・・・・・?」
リコネスは半ば、その質問を無視した。ピッチニーニを憎んでいるからなのではない。考えていたのだ。
リコネスが答えないので、ピッチニーニは顔を強張らせる。怒りを必死に抑えつける様な低い声で、それでもやや感情的に問うた。
「まさか・・・やはりお前が連れて来たのでは「知らない」
リコネスが斬る様に言う。だが、それが最も率直な意見だった。オポが戦場へ来た本当の理由は、リコネスも、知らない。
オポは仲間を失いたくないから行くと言った。ただそれは行き先が戦場と知らなかった時点での話である。覚悟の必要もまだ無かった。だが覚悟を強いられる場面は出てきた筈だし、彼女も一応スパイなので逃げる機会も見出せた筈だ。仲間仲間と言うが、そもそもオポが捜しているのは緋色の空が視える者であり、国立航空宇宙局にさえ取られなければ死のうがどうでもいい事。今回は死ぬ可能性が高い。一見感情的に見えるが、そこらへんの計算は訓練で鍛えられている筈だ。
しかし、そんな事は考えても無駄だと解っている。
(第一・・・・・・)
リコネス自身が思った事は、恐らくこの一言だけだろう。
―――嬢ちゃん自身は、解ってる―――?
「―――何故・・・あんな少女が・・・・・・」
「・・・少女少女言うけどさ、年齢多分アンタとそんなに変わんないよ?」
リコネスが例の如く前髪をいじる。ピッチニーニは愕いた顔をした。そんな風には見えなかったらしい。
「―――っ、だが、戦場でない限りその様な事は珍しい。私にはわかる」
「中途半端に教育受けてるもんねぇ?」
う。やはり相応に恨まれてはいる様だ。リコネスお得意の陰湿な言葉いじめが始まる。
「・・・・・・しかも、スパイとは・・・・・自ずから戦場に飛び込んでいく様なものだ・・・・・・」
「・・・・・・」
―――この男、どうも先程庇われた時から、オポの存在が気になるらしい。
「戦場・・・ね」
リコネスの顔から表情が消える。マーズ=パスファインダーを見た時、何だか嫌な気がした。
「何故・・・彼女は、そんな荊の道に――?普通に暮してさえいれば、幸せな日々が送れたろうに―――」
言葉が途切れる。BGMが無くなって、リコネスは反射的に音源に眼を遣る。お前なら何か知っているだろう。ピッチニーニの期待の眼が見て取れた。
「・・・・・・」
リコネスが話さない限り、此処はずっと沈黙だ。彼はいつまでも俟っている。何故そうまで気に入られたのか。
「・・・・・・簡単なコトよ」
擦れた様な肌触りの悪い風が、あくまでも穏やかにリコネスの髪を靡かせ表情を露わにさせる。
「前居た環境が、嬢ちゃんにとって幸せじゃなかったんでしょ」
ピッチニーニは納得のいかない顔をして、だがそれ以上は訊かなかった。
「・・・アンタは幸せだったんだねぇ」
リコネスはプロメテウスの夫妻の写真を取り出して見た。
『此方へいらっしゃい。編んであげる』
櫛もゴムも無いのに、その女性は実に見事にオポの髪を編んでゆく。オポは自分の伸ばしっ放しの髪があっという間に形を変えてゆくのを、どきどきした気持ちで身体をそわそわさせていた。
「お名前・・・訊いてもいいかしら」
女性がひかえめな口調で、背後から声を掛けてくる。とてもひかえめなので、オポも逆に照れくさくなっておどおどと言った。
「あっ、と・・・・オポ。オポです。あのっ・・・あなたのお名前はっ?」
「私はカラード。ごめんなさいね、先程はクレオールがヒステリックになってしまって」
「いっ、いえいえ!私こそ突然こう、わぁーって入って来てしまって・・・驚いたでしょう?ごめんなさい」
「いいのよ」
カラードが傍に坐る6歳程度の女の子に、オポの髪を持たせる。カラードは自身のスカートを裂いて、細く紐を作っていた。オポは慌てる。
「えっと、あの!そこまでしなくていいですっ。スカートがっ・・・」
「私が此処へ来てから、あの子達があんなに活き活きしていた姿は見た事が無いわ。活き活きしているのは、兵隊になるという話の時だけ」
・・・・・・やっぱりこの人は何かが抜け落ちている。オポは少し身体を縮めた。何故かは知らないが、悲しい気分になった。
ありがとう。そう言って女の子と交替すると、オポの髪を結う。少し上を向いて。オポは言われた通りにする。
「・・・見たところ、貴女は私やクレオールと、そう変わらない歳に見えるわね」
う。オポは居た堪れなくなってきた。こちらから見れば、クレオールやカラードの方が背伸びをしても届かない程に大人っぽい。
「貴女の様な娘が、戦場へ来るなんて珍しいと思って」
出来たわ。カラードがぽん、とオポの背を優しく叩く。オポは直ぐさま振り返って、不思議そうに翠の双眸で彼女の碧眼を見つめた。
「・・・・・・その珍しい、髪と眼の色に、感謝ね」
オポは眼を見開く。今でこそギャグだが、この体色に感謝したいと思った事は、残念ながら無い。
「エトルリアは血気盛んだから、金髪碧眼とみたら誰彼構わず武器を向けてしまうから」
カラードがさらさらと言う。強いなぁ・・・とオポは思った。オバサンを此処に連れて来て、神経を叩き直してあげたい。
「どうして戦場へ来たのか、訊いてもいいかしら」
結構皆同じ事を訊く。大した理由は無いのだけれど・・・オポはピッチニーニに訊かれた時より数倍慎重になりながら、でも結局は同じ事を答えた。
「リコネス・・・・・・」
何でか顔が紅くなる。
「連れが・・・・・行くと、言ったから・・・・・・」
ゴニョゴニョ・・・・・・傍から聞けば全く笑える様な理由だ。或いは、当事者からすれば非常に神経を逆撫でする理由かも知れない。
「リコネスって、あの、サビウスの塔に居る方―――?」
他人から聞く“リコネス”の響きはまた違う。オポは堪らなくなって、自らのコートに顔を埋めた。
「あの方のベリルの髪も、綺麗ね―――」
ベリル――?ランダーは“ベリリウム”と言っていた様な気がする。
オポは思わず顔を上げて、リコネスを捜した。
リコネスは厭きる事無く視線を一点に集中させて、何処かを視ている。
「・・・・・・」
オポはまたしみったれた気持ちになる。
「・・・・・・あの人、ここで何かあったみたいなんです。なんかここに来るまで表情が消えてて・・・・・・あッ、無表情なのはいつもの事なんですけどねっ!」
言いながら混乱が始まる。オポはまた泣きたくなった。
「何かですね、皆色々抱えていまして!別に言う必要もないっちゃないんですけど、隠す必要もないと思うんですよ!そんな知った位で他人を受け容れられなくなる様な小さな器に育ったつもりはありませんしね!私には、もっとでっかい目標があるんです!」
「―――」
「でもですね、目標のために彼等に協力してもらうには、彼等の事情は無碍には出来ないと思いましてね!彼等の事をもっと知ろうとして・・・・彼等の事を理解したいと思って・・・・・・なのに何なんですかあれはーーっ!!」
「・・・・・・」
カラードは半分、面白い娘だなぁと思ってオポの混乱ぶりを見ていた。
「隠すくせに勝手にキレるわ怯えるわ、挙句の果てにはだんまりですか!!解って欲しいのか欲しくないのか!私は体よく振り回されてますよ!!」
オポが自身の中で収拾がつかず、つらつらと訳の解らぬ事を述べるのが整理できるのを、カラードは柔らかな笑みで待っていた。
「っ!大体、こういう場でこんな事を言う私が一番悪いんです!!絶対あなた達が聞いたら私のも含め各々の事情、くだらない事に決まってます!!」
しかしくだらぬ事情を求めて来てしまいましたこの戦場。実は大した覚悟もしておりません。オポはそれを自覚すると恥ずかしいやら、申し訳無いやらの心情に駆られた。
「ごめんなさい・・・・・・!!」
「いいえ」
結局何が言いたかったのかは解らなかったが、まぁいいやと思ってカラードは笑顔で即答した。
「“相手を理解しようとする事は、とても大切な事だわ。そうやって、互いに解り合う事が出来るのなら、戦争は起こらないもの”」
オポは深く滲み込む様な台詞に言葉を失くす。気まずくなるその顔に、カラードはおちゃめに笑い掛けた。
「クレオールの受け売り。バサーストもそう言っていたわね。あの二人は教育を受けているから私達は頭が上がらないの」
バサーストとは、ピッチニーニの事だろうか。ピッチニーニは確かベルファストが呼ぶ少年兵達の総称した名だ。
「理解しようとする努力をこれからも続けてあげてね。男の人って、そうするだけでも救われる部分があるみたいだから」
男のひと―――!オポは顔を真っ赤にした。別にっ・・・!別に男の人だって意識している訳じゃ・・・・・・!
「なっ・・・!んもぅ・・・っ」
あはは好きなのねー。カラードは単略化した笑みを浮べながらオポを見学した。ひとしきり愉しんだ後、オポの手に土塗れの手を引っ掛ける。
「貴女は―――?」
「へ?」
オポがテンションを戻し、覗き込んでくるカラードの両の眼を見る。エトルリア人特有の、吸い込まれそうに、何処までも深い青。
「貴女自身はどうなの?」
オポにはカラードの言っている事がよく解らなかった。
オポはカラードが過去に何か大切なものを置き忘れた様な印象を受けた。だが、カラードは逆にオポが何か大切なものから目を逸らしている様に見える。
「貴女はどんな大きな目標の為に戦場へ来たの―――?」




