Ⅲ-Ⅸ.クレオール
・・・さて。探査機というからには、火星探査について触れない訳にはいくまい。講義の時間を始めるとしよう。私も研究者の端くれだ。講演くらいするし、大学に招かれた事だってある。早速本題に入るとしよう。
火星探査自体は今から100年以上も前より行なわれていた。各国の流浪人や旅の道連れ達が挙って宇宙船に乗り込み、果てた。之を火星直行計画と云ったか―――超高齢社会で老人に追い詰められた若者が火星へ逃げようとして、国一つ潰れた程のショックを与えたな。其ほど医療と宇宙技術の発展は凄まじいという事か。
対して、倫理・哲学は迷走してなかなか還って来ないな。之だから答えの無い学問は詰らない。
無人探査の時代から云われていた事だが、火星に向けた全ての探査機の内、凡そ3分の2が着陸後に、或いは着陸前に失敗したり通信を絶ったりしている。詰り中の人間は死んでいるという事なのだが、無事着陸した残り3分の1の人間も、ある日突然連絡を絶つなど常に生命の危機に晒されている。
地球でぬくぬくと、若者が火星に特攻してゆくさまをモニターから眺めている研究者の間には、地球-火星間の「バミューダ・トライアングル」だとか、地球人を食い物として生きる「大いなる宇宙の悪霊」だとか冗談半分に言う「火星の呪い」説が浮上しているが、流石に私は若者の悲惨な現状を見てそんな事を言う気にはなれない。
さて、次は探査機の種類を挙げてみる事にしよう。本日の講義は、ここまで。
ステート=シェリフが沫を吹いてぴくぴく身体をけいれんさせている。
サーベイヤーは彼女の倒したリクライニング‐シートに手を着いて、彼女を挿む。
ブレンダは250を指している。それでもまだ振り切れていない。彼女の振り幅は500まであるのだ。
―――仲間ごっこは、もう、終りだ。
ブレンダの振り幅が落ちてゆく。景色がゆっくりと流れる様になってきていた。それでもまだ、人間が飛び降りれるほど緩やかではない。サーベイヤーが眠っているシェリフのシート‐ベルトを外す。手ぶらな彼女の身体に触れ、慣れた手つきでまさぐると、身体の何処かで硬い物に当った。
「・・・・・・」
身体に沿わせて服の裾から出すと、携帯電話が掌にコロンと落ちた。
これでオポ達と連絡が取れる。
シェリフにはオポを捕まえるという目的を忘れた侭でいて欲しかった。
サーベイヤーがゆっくりとブレーキを踏む。ついでに彼女の愛銃・ハイスタンダード‐ソユーズも頂戴する。
サーベイヤーが助手席のドアを開ける。風が冷たい。一応、彼なりの気遣いでブレンダを3ほどに合わせトロトロと車を走らせると、シェリフを地面にぽとり。と落した。
グシヤァァ!!
「!!ひっ」
あれだけ丁寧に落してどうしてあんな音が出るのか、シェリフは紐の絡まったマリオネットの如くあらぬ方向に関節を曲げると、腰を突き上げて動かなくなった。
サーベイヤーが一気にアクセルを踏む。ブレンダはまた150くらいまで幅が拡がり、急激にシェリフから離れてゆく。
相手を見つけて幸せになるといいキャスリン―――サーベイヤーは手を合わせて、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・!と呪文の如く唱えた。
オポは愕然とした。近くで見れば近くで見るほど、自分とそう変わらない年齢の子供ばかりではないか。
逃げられるかと思ったが、相手の方も、女で、しかもまだ子供のオポに警戒心を解いた様だ。
「わっ!」
肩に急に何かが飛び付いてきて、オポはきゃーきゃー騒ぐ。物凄い馴染みっぷりである。オポに負ぶさるはまだ2,3歳程度の幼児だ。
「おんぶーっ!」
「おんぶって・・・」
オポが苦笑する。おんぶなんてそんな言葉、自分だって遣った事が無い。他所の子達がメリディアニで遣っていた幼児語を、この地域でも遣うのか。
(普通の子達と、何ら変わらないじゃない・・・!)
「お姉ちゃん髪あかーいっ」
そう言って、別の4,5歳程度の子供がオポの髪を引っ張る。そういうところまでメリディアニの子達と全く変りない。それどころかオポが子供だった頃とも全然変わらない。
「ほんとだ。あかーいっ」
「やーい、にんじんっ」
オポは何処に往ってもオポだった。ついつい怒りマークを付ける。
引っ張られた髪がぷちぷちと切れる音が聞え始めると、オポ自身がぷっちん切れて一人子供をぶら下げたままふんぬっと立ち上がった。
「いーたいでしょーがっ!」
オポ、完全に遊ばれている。こういう場であるにも拘らず、大声上げて子供を追い駆けまくる。それが逆に戦場の子供達には新鮮な様で、彼等はきゃーきゃー叫びながらこのゴツゴツして走りにくいだだっ広い平地を走り回っていた。いつも敵から逃げ回っているであろうに気丈な事だ。
「・・・・・・騒がせといていいの」
リコネスがサビウスの高台で呟く。同じく高台で坐り込んでいたピッチニーニは、まさか彼が自分に話し掛けてくるとは思わなかった様で、うろたえの色を見せながら
「・・・・・・ああ・・・」
とぎこちなく答えた。自分の反応を気にした返答に、リコネスが振り返って、多少難儀な顔をピッチニーニに見せる。
「・・・・・・状況、読めてるよね・・・・・・?」
「すまない・・・・・・」
「違う」
リコネスはばっさり斬った。苛々(いらいら)とした感情が表に出る。瞳だけを忙しなく横へと動かし、ぎらりと煌かせた。
何かは知らないが、静かにしていて欲しいらしい。リコネスは立ち上がり、高台からヘラスの大地を見下ろした。
穏やかだが冷たい風が、サビウスには吹いている。
「待ってくれ」
ピッチニーニがリコネスの服の裾を引っ張って止める。彼はリコネスの脅しを受けたショックが大きかった様で、身体に力が入らないでいた。
「“あれ”が、止める・・・・・・」
「・・・・・・」
大地でずっと動かずにいた金色の頭が、花の様に開いたスカートを浮かせて歩を進め始めた。リコネスはぴんとくる。
「“あれ”かい・・・・・・?」
「しぃ・・・・・・っ!」
ほぼ息がかかっただけの小さく短い声がしたかと思うと、急に子供達が静かになって、そそくさと元居た場所へ戻ってゆく。オポは措いてかれた様でぽかんとして、走ってゆく子供達を見送った。
「静かになさい。見つかるでしょう」
穏やかだが非常にぴしゃりとした大人の声。子供を視線で追いかけると、雰囲気自体は大人びているが顔の幼さでいえばオポとそう変わらない女性に行き着いた。
女性の短くも的を捉えたお説教は効果覿面だった様で、子供達はすぐに・・・ごめんなさい。と謝ると、大人しくエトルリアの子供達の集団へと潜っていった。
・・・すご。自分はあれほどなめられていたのに。この雰囲気の差は、育ちからくるものだろうか。
オポが感服のあまり凝視していると、女性は凛とした表情をこちらに向けてきて
「・・・貴女、先程サビウスの塔に居た方ね」
と、ぴしゃり言う。警戒されているのだろうか。
・・・しますよね。オポは自らは持たない同世代の持つ威圧感に、肩身が狭くなる。
「あっ・・・あぁ、そうです。でも決して、危害を加えようとかそういうのではなくて・・・・・・!」
しどろもどろで弁解する。女性はふっ・・・と表情を和らげると、大人びた笑みを漏らして
「此方へいらっしゃいな」
と言うと、すたすたと集団の方へと歩き出した。
女性を追いかけて、オポは小走りで集団の中を突っ切っていく。見れば見るほど、自分より年下が多い気がした。
「にんじーん」
「いちごー」
「ワインー」
・・・・・・オポは心を無にするよう努めて歩いた。こういうところも普通の子と変らない。学生時代の、特にまだ飛び級をしていない頃はクラスメイトから髪や眼の色についてよく言われたものだ。もう慣れっこ・・・
「赤・褐・色!!」
は!?今・・・今サーベスの声がした様な気がしましたが!まさか、あまりに逢えないから幻聴まで聴こえ始めてる・・・・・・!?
「ひとの髪や肌の色を莫迦にしてはいけないって言ったでしょう・・・!」
オポがサーベスの姿を探してキョロキョロしていると、突如前を歩いていた女性が痛烈に怒り出した。あまりの烈しさに、まだ幼い子等は怯え、そうではない10歳前後の女の子達も呆然として見る。
彼女とそう変わらない年齢の女性も、目を伏せて何も言おうとはしなかった。
この子供達の集団の長は彼女の様だった。誰も彼女には逆らえない。
「あ・・・・・・あの!」
オポが何とかその空気を変えようと明るく言った。
「私全然気にしてませんから!そんなに怒らなくてだいじょう「そういうわけにはいかないのです・・・!」
自分に対してもぴしゃりと言う女性に、オポは少し驚いた。訴えかける様な悲哀の眼が、オポを睨みつける。
「“そういった差別から戦争が生れる”」
すると、別の女性が自分の下腹部を優しく摩りながら、静かな口調で言った。
「そうだったわね、クレオール―――」
女性が虚ろな眼でクレオールに微笑みかける。続いてゆっくりと眼だけを動かしオポを捉えると、瞼を閉じて優しくまた微笑んだ。
「綺麗な髪じゃない―――」
この人は何かあったのだろうか―――オポは時間が止ってしまった様な女性の乏しい顔つきを、半ば恐怖の眼で見ていた。




