Ⅲ-Ⅶ.宇宙船火星号
・・・結局、あの娘に負けた―――何気にあの娘、押しが強い。
私はシュガー‐ヨーグルトとやらをチューチューしながら、初任務でも遂げた後かの様に爽快な表情でテーブルを拭く女性スタッフを睨んでいた。娘が此方に気づく。先程から視線には感づいていた様で、一瞬私の顔を見ると、即座に顔を逸らした。その時の顔のひきつりようがまた可笑しく、私はつい笑いそうになる。・・・ふふ、怖がるがよい。人を認知症と思い込んだ上に色が似ているシュガー‐ヨーグルトで誤魔化そうとした罰だ。
カフェテリア巡りの主旨が何だか変わった様な気がする。
女性スタッフは全てのテーブルを拭き上げると、満足した様にひとり頷いて、奥の間へ引っ込んでいった。それがまた可笑しい。
白い壁と対面し、私はひとりになった。手持ち無沙汰だ。勢いで出て遣って来たはいいが、何もする事が無い。
誰が来る気配も無い。気にもしなくてよさそうだ。
私は鞄からファイルを出して、必要の無さそうな過去の書類や中敷きの紙を片っ端から引っ張り出した。そうすると結構な量で、後から片付けるのが大変だろうが、今はとにかく之を遣りたい。気にしない。
続いて胸のポケットからペンをまさぐった。いつでも何処でも直ぐにメモを取れるよう、いつも入れている場所だ。
あった。そして紙に急いで書き出す。
隠居したら書いてみたいと、温めていた構想があった。晩年は小説でも自費出版して、慎ましやかに生きていこうと。
科学者に隠居なんていうものは存在しないのだが。
丁度いい機会だ。此処には誰も居ない。具体的に紙に書き出してみよう。
えっと、先ず。舞台は火星で―――登場人物は・・・・・・面倒だから探査機から名づけるか。
そうそう、タイトルの方を先に決めなくては。タイトルは―――
「・・・・・・」
こちら、マーガレット班ギャグ担当。サーベイヤーとステート=シェリフは、ごうごうと燃える高級車を、乾いた笑顔で見守っていた。
「あ・・・は、は・・・・・・」
シェリフの車だからと見過ごす訳にもいかない事態にまで発展し、笑えない笑いしか出来ないサーベイヤー。責任が取れない。
シェリフに至ってはゆらゆらと、唄を唄いながら、大破炎上する車に近づいてゆく始末だ。
「燃ーえるー、燃ーえるーよ、車ーが、燃えるー・・・・・・」
「シェ・・・シェリフ、さん・・・・・・」
車はまだボッと炎上中だ。車体が崩れ落ちそうで危ない。だが、けろっと冷静になって如何に危険かを論じるのも、違う気がする。
「・・・・・・」
それにしても際限無く近づく。死にたいのだろうか。それとも止めて欲しいのだろうか。
サーベイヤーは目も当てられなくなって、でも掛ける言葉が見つからず、あくまでも近づこうとするシェリフの手を握った。シェリフが嫋やかに振り返る。
しかしその薔薇の様に華やかな顔から出て来た言葉は、予想に反していた。
「・・・・・・うし」
シェリフが手を振り払い、その手でサーベイヤーの腕を掴む。
「―――え?」
「ボロさまの、ボロさまの・・・・・・」
!!だまされた―――!サーベイヤーが蒼白になって腕を振り解こうとする。そうだ、このひとも刑事だった。ボロ=マーシャルに引き渡されたらひとたまりも無い。
だが、腕は払えるどころか更にきつくなり、痛くなってくる。自分が力が弱いという事ではない筈なのだが―――
「ぉわっ!?」
シェリフが進むのに自分が引き摺られてゆく。どれだけ怪力だ。手錠などより遙かに効果がある。
ぐん、と引っ張られる。
「っ・・・!」
腕に痛みが走る。今まで来た方向に足が向かう。
「・・・・・・」
サーベイヤーは初めてシェリフに対して己の身の危険を感じた。何か無いか、周囲を見回す。武器となる物は今は持っていない。
こちらが立ち止ろうと構う事無く前へ進む。サーベイヤーは微かな抵抗の砂埃を足許で上げながら、恨めしげにシェリフの横顔を見た。と、或る地点でシェリフの足が止った。
「・・・・・・?」
サーベイヤーがシェリフの顔色を窺いながら、目の前にあるシューティング‐ブレークを見た。
「これ・・・・・・」
と、突然腕を引っ張られ、自身の顔を彼女の顔へと引き寄せられる。真面目な視線と視線が触れ合い、サーベイヤーはどきっとした。
「・・・・・・うし。逃げるか」
底が無く透明な碧い瞳に、サーベイヤーはやはりこのひとは真直ぐな人なのだと感じた。このひとは演技はしないのだと。
故に、疑問。
「何で?」
シェリフは途端にいつもの変な感じに端整な顔を歪ませた。
「あたしゃあんな額弁償できないもん!!」
ガミガミがなりながら、サーベイヤーにはもはや遠くの他人事となりつつある爆発現場を指さす。
黒光りしていた車はもう灰色、半焼も末期。そして、何かとゴムくさい。オバサンはやけに偉そうだし。
「何で。だってあれ、オバサンのでしょう?」
シェリフはぎりぎりと片手でサーベイヤーの腕を絞ると、無駄に大きい声を彼の耳元で出した。
「ありゃバースデー・プレゼントに貰ったんだよ!自分で買ったんじゃない。壊したら悪いじゃないか!」
だから逃げる。合わせる顔が無いという事か。慈しみの感じられる真っ当な台詞だが、その為に起す行動が真に以て自分勝手である。
「ほら、乗る!」
「え!?」
・・・・・・顎で促されたのは、目の前にあるシューティング‐ブレーク。無論、鍵が掛っている筈なのだが。
「壊せ!!」
何のオチも無かった。
「・・・・・・」
極力、言われた通りにして、サーベイヤーはシューティング‐ブレークに乗り込む。
無論
運転席に。
サーベイヤーにはシェリフの意図がまるで分らなかった。どう考えても嘘つきや演技しているようには思えない。しかし油断はならないし、信用する訳にもいかない。もしかしたら千分の一の確率でボロ=マーシャルの元へドライビング‐スルーかも知れない。
しかし、運転席に座ってしまえばこっちのもんだとも思う。シェリフを連れ回す結果になるが、確実に自分の行きたい遠くへ逃げられる。
いや、そもそもがシェリフが一緒に居る事が自分の苦労の種どころか蔓であって、シェリフが居るから自分は逃げられないような気がする。
サーベイヤーはよく解らなくなった。
「・・・・・・何処に、行くの?」
ひょいと隣に乗り込むシェリフに、サーベイヤーは怪訝と不安の混じった顔をして訊いた。
シェリフは予想外にも爽やかな弁舌で
「あんたの行く所ならドコへでも・・・・・・!!」
と、涙を浮べてガッツ‐ポーズをした。それは、遠回しにオポチュニティの元へ連れて行けという事ですか・・・?
「「・・・・・・」」
こちら、サビウス班シリアス担当。オポとリコネスは対峙していた。オポはリコネスと向い合う様に正面に立ち、明らかに怒っている。
「リコネス・・・・・・!」
オポが泣きそうな顔でリコネスを睨みつける。
「あなた、自分が何を言ってるのか解ってますか!?」
リコネスには掴み損ねていたモノがある。少し混乱していたかも知れない。黙って先を促す様に、オポの眼をじっと見返していた。
「なに、この人を責めてるんですか!!」
リコネスの眼が一瞬でも揺らいだのがオポには判る。オポは腹の底から感情を発生させて、あれよあれよとリコネスを責めた。
「この人だって、どう考えたって好きでこんな事やってる訳がないんです!大体あなた、戦場だって知っててここに来たんでしょう!結果がそうなる事くらい、予想がつきますよね!」
予想し得なかった。オポがリコネスにこの様な態度を取るとは。リコネスだってなかなかに散々な目に遭ったのだ。汲み取れなかった訳はあるまい。
それとも全てを汲み取った上で、それでもリコネスに反発の心を募らせたのか。
「戦場で仲間が死んだ?そんなの当り前じゃないですか!!この人達なんてきっと毎日そうです!
それを・・・それを、勝手に踏み荒らしていって殺されて、それで軍のトップでもないこの人に恨み事をぶつけるなんて、一体どういう料簡なんです!!」
確かにその意見も一理ある。リコネスの今回の脅しは酷い。彼にしては非常に珍しいが、公私を混同しているのではないか。
オポがはぁ、はぁ、と息を切らす。翠の眼からはポロポロと涙が溢れ出てきた。
ピッチニーニは顔を上げて、仲間を敵に回しても己が正しいと思う道、そして敵でも守ろうとする小さな少女の決死の泣く横顔をぽかんと見ていた。
「・・・っ、大体、殺したのだってこの人じゃな――
「・・・・・・喰べられたんだけど――?」
っ! オポがついリコネスを見る。非常に彼らしくない言葉だ。だがたとえどんな場面においてもサラリと訊き出すさりげなさと、いつだってトーンの変わらぬ落ち着いた声は非常に彼らしい。
ここまで言うとオポもオポだというくらい、オポは激しく突っぱねた。
「この人だって・・・!決して食べたくて食べたはずないんですよ!大体・・・・っ・・・選んだのはあなたでしょう!?」
リコネスが瞠目する。それは誰が見ても明らかだった。
「あなたが選んだから殺されたんです!この人が殺したんじゃないんです!食べないとこの人が死んでたんです!あなたにこの人を責める資格は無い!!」
オポはリコネスが何かを言い返してくると思った。サーベスみたいに。だって自分はこんなにも、リコネスの核心を抉っている。だが
「・・・・・・そう」
リコネスは表情を消してそれだけを言った。
「っ!」
オポが見放した様にリコネスに背を向ける。そのまま背後のピッチニーニを振り返り、しゃがんで、両肩をむんずと掴んで
「向こうの・・・!平地に居る人達と話をしてきてもいいですか!!」
と、責める侭の勢いで言った。ピッチニーニは了解した。オポは涙を袖で乱暴に拭って、リコネスから逃げる様にして走って往った。
リコネスはオポの後姿を見送ると、下を向いて髪の毛で表情を隠し、ヨロヨロとその場へ坐り込んだ。




