DB601
オルタの休憩室でジュリアは文庫本を読みふけっていた。
タイトルは光人社刊「戦闘機『飛燕』技術開発の闘い」
この本は旧帝国陸軍の戦闘機である飛燕の開発史であり川崎重工の液冷エンジン搭載機の歴史でもある。
今では考えられないが当時の日本の技術で液冷エンジンの生産、運用は難しくその苦労がとつとつと綴られている。
バイクの整備をある程度自分でするジュリアにとってこの本の内容は色々と共感できる所が多い。まさに以前、警備員の寺田が言っていた通りで、ある程度レシプロエンジンに対する知識が無いと理解するのに厳しいものがあった。
「なるほどなぁ~。結構セッティングで泣かされたりしてんだな。スーパーチャージャーとか一瞬でキメないといけないなんてキビしいわ」
本を閉じるとそうボヤいて、かたわらに置いてある缶コーヒーを煽った。
そしてしばらく休憩室の天井をボンヤリ見つめた。休憩室はいま色々なテナントが休み時間をとっておりかなりの賑わいを見せている。その賑わいの喧騒に身を預けるようにジュリアはしばし脱力していた。力を抜いてだらんとなった両腕。そして思い出したかのように先程の本を手に取りパラパラとめくりながら呟いた。
「飛燕に搭載されてるDB601ってエンジン。この間、遊就館にもあったよな。でもあれはアツタ製。カワサキのバイクを乗ってるモンとしてはやはりカワサキのモンも見ときたいな…どれ」
本を読んでいて凝り固まった腰をたいぎそうに起こすと机の上に置いてあるスマホを手にとり「飛燕 エンジン 展示」で早速検索をかけた。
「え?所沢に展示してんの!?」
思わぬ発見に素っ頓狂な声を上げてしまい休憩室の注目を一気に浴びてしまうジュリア。少し気まずい思いはしたがその注目も一瞬で解けた。
自重気味に再びスマホに目をやり詳細を調べていく。
「なるほど、所沢航空発祥記念館って所に展示されてんだな。ウチからそんなに遠くないしコレは行くしかないな」
ジュリアはそう言うと勇ましく休憩室を後にした。
あくる日の休み、ジュリアのバイクは埼玉県を爆走していた。国道245号線をひたすら所沢方面に向かう。幹線道路なので大型車がよく目に付くものの、道の混み具合は程々で、車の流れてにまかせて丁度いい感じだ。新宿の道路と違って擦り抜けなど使わなくてもそれなりのペースで走っていける。まだ午前中なので外気温は高くない。なのでバイクのエンジンもご機嫌にまわってくれている。
今日は気分を変えていつものメットではなくバイザーの着いたジェットヘルでジュリアはバイクに跨っている。気分はパイロットだ。だが、いつものゴーグルは首元にお守りのようにつけてある。これが無いとなんとなく事故りそうな気がしてならないのだ。
和光市にある陸上自衛隊の広報センターを左手に見てバイクはひた走る。
大型のトレーラーに積載されたコンテナはバイクから見るとまるで積雷雲のようにそびえ立って見える。それらを左右に華麗にパスして行くカワサキのDトラッカー。まさに飛行機が積雷雲を避けて飛んでいるようだ。
倒立のフロントフォークはその長大なストロークを生かし246の荒れた路面のギャップを確実に受け流し、軽快なハンドリングとレスポンスの鋭い単気筒のエンジンはバンピーな路面でのスラロームにその威力をいかん無く発揮している。
246から国道463号線に接続すると所沢航空発祥記念館はもうすぐだ。ジュリアのDトラッカーは淡々としたペースを維持しながら走っていく。
新宿なら爆音のマフラーから吐き出される排気音がビルに反響して騒音になるのだが、所沢の開けている台地だと排気音の騒音もそのまま空に溶けてしまう。
しばらく進むと道路の左右を隙間なく木々が繁る所に出くわした。昼間とはいえ少し薄暗い感じがする幹線道路らしからぬ雰囲気になった。しかし今まで陽を遮るものない所を走っていたのでこの木陰はありがたい。視界を遮るトレーラーがなければちょっとしたワインディングロードだ。枝の隙間から青空が見える。
都会では味わえない快適なライディングを満喫してると〈所沢航空発祥記念館〉の看板を発見した。
その案内通りにハンドルを向けると右手にグランドが見えた。そして更に進むといきなり旅客機の様な双発の航空機がジュリアを出迎えた。剥ぎ取るようにバイザーを上げると
「YS-11だ!!」
と思い切り叫んでしまった。
西武新宿線・航空公園駅前に屋外展示してあるYSー11。この機体は戦中に戦闘機を設計していたエンジニア達が集結して作られた旅客機で、ジュリアのような旧軍機が好きな人間にとってはたまらない機体なのだ。
いきなりこのような光景に出くわすと否が応でも期待のボルテージは上がっていく。航空公園という駅名は伊達ではないなと、思いながらジュリアは心の中でほくそ笑んだ。エンジンの小気味よい振動がまるで心踊る自分の心情を語っているようにも思えた。
バイクを航空公園内にある駐輪場に停めると所沢航空発祥記念館の方にジュリアは歩き始めた。
博物館が入るので敷地は広大だ。ランニングをしている人やキャッチボールをしている親子連れ。サークル活動かなにかの練習をしている若者などいろんな人が見受けられる。それらを横目に広めの歩道を歩くと、木の影に隠れて良く見えないがまた航空機が屋外展示されているのが見える。自分の知らない機種なので近くまで行って案内板を見てみると「C-46A」と書いてあったが馴染みのない機体だったので
「やっぱ近くで見るとおっきいなぁー」
という月並みな感想しか出なかった。
彼女位の世代になると当たり前のようにジャンボのような大型機を見ているので双発のレシプロ機位のサイズだと驚く事はあまりないのだ。ただこれが一式陸攻だと場合話は別だが…。
所沢航空発祥記念館の入り口をくぐると右手に売店、左手が喫茶店になっていた。
「博物館ってのは必ず喫茶店がねーといけネェ決まりでもあんのか?」
前回の遊就館もそうであったがジュリアの行く博物館はなぜか喫茶店が併設されている。
そんな個人的な疑問を抱きつつ券売機へと向かって行った。




