浮いてね?
次の日ジュリアは靖国神社の大鳥居の前に立っていた。
腕組みをしてカカトを必要以上にカタカタ動かしている。その様子から少しイラ立ってる感じだ。どうやら誰かと待ち合わせをしているらしい。
「ゴメン、待った?」
ハァハァと息を切らせて小走りに近寄って来たのはカヨだった。
「ったくイキナリ朝からなんだよ。私も遊就館に行ってみたいって」
「お店の娘が稼ぎたいからシフト変わってくれって言われて。突然時間が空いたから行ってみようかな~って」
ジュリアはカヨをチラっと流し目で見ると
「オマエみたいなのが見て面白いモンはないと思うけどなぁ」
と一言。
「あら、私みたいなのが見たらいけない法律でもあるの?それに昨日行きづらいって随分悩んでたじゃない」
カヨは皮肉のカウンターをジュリアに喰らわす。
「ッチ。口の減らねー女だな」
そう言うとジュリアは遊就館の方に向かって歩き始めた。
「チョット待ってよ~」
慌てカヨもジュリアを追いかける。靖国神社の境内をズカズカと歩くジュリアに追いつくとガラス張りの大きな建物が目に入って来た。
「えっ?建物の中に飛行機があるの?」
カヨが大分驚いた様子でジュリアに話しかける。ガラス張りなので遠目から見ても膿緑色のプロペラ機が屋内展示してあるのが解る。
「ネットで見て表の様子とか解ってたつもりだけど実際見るとヤッパ凄いな…」
ジュリアも驚いたようで声を絞り出すような感じで呟いた。
「ねぇ。あれなんて飛行機なの?」
カヨが興味本位でジュリアに聞く
「あれが有名な戦闘機ゼロ戦。制式には零式艦上戦闘機。愛称で略してレイ戦。展示してあるのは太平洋戦争末期に生産された五二型。でもエンジンはオリジナルじゃ無くてアメリカのプラット&ホイットニー社製に換装されてるからエンジン周りのカウリングやらが完全なオリジナルじゃねーんだよ。」
「そ、そう。あれが有名なゼロ戦ね。ふーん…」
洪水の様に押し寄せるジュリアの知識の波に幾分引き気味のカヨ。しかし止めを指すようにウンチクの追い打ちをかける
「あーカヨ。一応言っとくけどゼロセンじゃ無くてレイセンな。さっきは解りやすくするためゼロ戦っつたけど。本当はレイセンだから。」
「ハイハイ。レイ戦ね」
やりとりがメンドくさくなったのか、おなざりな返事を返すカヨ。
「ちなみに最近の調査で解った事らしいけどゼロ戦でもレイ戦でもどっちでもイイみてーよ」
「結局どっちよ。全く」
カヨはブツブツいいながらジュリアの後について行く。
ほどなくすると入り口に差し掛かった。
自動ドアをくぐると零戦が眼前に迫る。2人とも古いとはいえ戦闘機を真近で見るのは初めてだ。
実機の持つ雰囲気は写真やネットでは絶対伝わってこない。零戦の前で呆然とする2人。
しかしコーヒーの香りがナゼか鼻腔をくすぐる。
香りのする方に顔を向けると零戦が展示している反対側がなんと喫茶店になっていたのだ。そしてよく見ると売店も備わっていた。
「飛行機がある喫茶店って…」
カヨが驚きとも戸惑いとも言える声をだす。
「そ、そうだな」
前知識として知っていたジュリアでさえリアクションに戸惑ってしまう位えもいわれぬ雰囲気を遊就館は入り口から醸し出していた。
券売機で入場券を購入する2人。券売機には係員の女性が張り付いていて案内を促している。
カヨが入場券を購入した際は
「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ~」
と、にこやかに挨拶したのだが、ジュリアが入場券を購入した時は
「ありがとう…ございます…」
と、何か別の時代から来た人間を不思議そうに見る感じだった。
待遇の違いに合点のいかなあジュリアはカヨに
「なぁカヨ。さっきの店員明らかに態度違ったよなぁ」
「え?そりゃそうよ。アンタそんなショップ店員バリバリな格好してたら浮いちゃうの当たり前でしょ」
そう言われて改めて周りを見渡す。平日の昼間なので人影はまばらだが巨大な一眼レフのカメラを構えてる航空ファンと思われる地味な中年の男性が大多数でその他は場所柄お年を召した方が多く見受けられる。
女性はいない事はないがジュリアのような20代と思われる女性は係員とカヨ以外には見当たらなかった。
改めて自分が浮いてる事に気付いたジュリア。
「参ったな…」
そう呟くと順路の案内に促され二階に通じるエスカレーターに乗った。
遊就館は二階から一階へ下る形の順路が組まれている。
二階は主に日本の歴史に照らし合わせた展示物がされており鎧兜や日本刀などが展示されている。
それらを順々に見て行く2人。
「随分、昔の事から掘り下げるンだなぁ」
ジュリアが腕組みをしながら日本刀を見て呟く。
「確かに日本の戦争に関する事ねぇ」
カヨも感心したかのような返事をする。
「ここから先が近代史か…」
ジュリアはそう呟くと神妙な面持ちで順路を進んだ。
自分にとっては興味の対象外である日清・日露戦争なのだがやはり本物の持つ凄みは何かを感じずにはいられない。




