魅惑の踊り場
あくる日の閉店後、階段の踊り場でジュリアと寺田が
「なんか、最近ヤベーんだよ」
神妙な面持ちのジュリア
「大分来てますね」
同じく神妙な面持ちの寺田
「なんかモヤモヤするんだよな…こう」
「バイク飛ばしただけじゃダメですか?」
「あー、全然ダメ、発散できねー。よりにもよってバイクはカワサキだし…。なんかダブんだよ」
「あー成る程ねー、解ります。自分もゲームとかでなんとか紛らわそうとするけど…そういうのありますね」
どうやらジュリアと寺田、意見が合うらしい。
「ヤッパいくしかねーのかなぁ」
「そうッスね~」
「テラっちはどう?」
「自分っすか!?そーゆーのはどうも…本とかネットで」
その反応を見てジュリアは
「あー…一人でしちゃう系?」
と少し申し訳なさそうな表情をしながら寺田に言った。その事に関してカンに障った寺田は
「そういう神田さんはどうなんです?」
と、質問を返した。少しムッとした表情でジュリアは
「あ?余計なお世話だっつーの、250ccの癖に大飯食らいのヤツがウチには居るからな」
「へー」
強がりともとれる返事に白けた目線をジュリアに送る寺田。
「なぁテラっち…」
普段は勝気なジュリアが珍しく甘い声を出した。ずいっと一歩踏み出し潤んだ瞳で寺田を見つめながら
「一緒に来てくれよ…」
と囁いた。
「そ、そんなのマズいっすよ!」
「何で?」
動揺する寺田をよそに上目づかいで問い直すジュリア。
「自分は警備員です。プライベートで店員さんと会うのは警防上好ましくありません。もし誰かにでも見られたら…」
「そんなの解るわきゃねーダロ?」
「それに」
「それに?」
いつになく真剣な眼差しの寺田
「自分旧軍のレシプロ機は専門外なんで興味ないッス」
「出たー!またソレかよ~」
「じゃ巡回中なんで」
そう言うと寺田はスタスタと階段を下っていった。
「あーどうすっかな~。一人じゃ行きづれ~よ~」
そう言いながら一人階段の踊り場で頭を抱えるジュリア。トボトボと店に戻って行った。
店ではマキが閉店後の掃除を鼻歌混じりにしていた。ガックリと肩を落として戻って来たジュリアを見つけるとマキが
「ダメでしたか…」
と一言。
「ん~。興味ネェってハッキリ言われたよ」
「ひど~い!!」
マキはプリプリしながらゴミ袋の口を親の仇の様に締め上げて叫んだ。
「こりゃハラ決めるしかねーな」
「て、事は一人で行くんスか!?ユーシューカンってとこ」
「おう!」
勢いよく答えるジュリアに応じるようにマキが立ち上がり
「ジュリア隊長!グットラック!」
「ありがとうマキ!トゥーカムバック!」
「あ~ソレ米軍の挨拶ですよ。」
後ろから寺田が盛り上がる二人の横を通りながら冷静に言い放って通り過ぎた。
カチンと来たジュリアはマキのゴミ袋を奪うと
「喰らえ!三式対空散燒弾!テェーーーッ!!」
と叫びながらゴミ袋を寺田に投げつけた。ゴミ袋は放物線を描きながら飛んで行く
「弾ちゃ~く……イマッ!!」
そうジュリアが叫んだ瞬間にゴミ袋は見事寺田に命中した。
その弾みで寺田はつんのめり偶然開いたエレベーターの中にゴミ袋と共に吸い込まれていった。
「やった~☆ジュリアさん命中!!」
ピョンピョンと飛び跳ねながら喜ぶマキ。
寺田とゴミ袋を乗せたエレベーターは一階に着き寺田を吐き出した。
ゴミまみれの寺田を見た他の警備員が驚き駆け寄りながら
「おい寺田!どうした!?」
と質問すると寺田はヨタヨタと歩きながら
「榛名からの砲撃を受けました…」
と言ってその場にへたり込んでしまった。
閉店したオルタの正面口は昼間の華やかさとは違い照明も消えてひっそりとしていた。
その正面口の脇に自動販売機が設置されていて、閉店後の店員の溜まり場になっている。
歩道にはいくつか人の輪ができていて、大体それらはオルタの店員で構成されている。
店舗を超えて中の良い店員同志は閉店するとこの場所に溜まり、談笑したりお互いの店の愚痴を言いあったりしている。
「なんか裏口で寺田さんがゴミまみれので呆然としてなたけど何があったのかしら?」
カヨが缶ジュースを飲みながらジュリアに聞いた。
「さぁ?なんだろうな」
とぼけるジュリアの隣でマキがクスクスと声を殺しながら笑っている。
その様子から何か悟ったカヨは
「チョット~。ウチのお得意さんなんだからヘンな事はよしてよ」
ジュリアを見ながらそう言ったが
当人は知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。
「ところでカヨ。オメー自分から欲しい時誘う派?」
と意味深な質問をジュリアはぶつけたが、カヨには意味が伝わらず
「は?何を」
と聞き返されてしまった。仕方がないので
「だから、男」
とストレートに言うと、カヨは飲んでいたジュースを吹き出してしまった。
「今度は何を言うかと思えば…」
顔を赤くしながらカヨは口の周りに着いたジュースを拭っている。
「まぁ、そんな事しないって解ちゃいるけどナ」
意地悪な含み笑いを浮かべながらジュリアは缶コーヒーを煽った。
「解ってるなら聞かないでよね」
少しムッとした表情でカヨは答える。その表情を見届けるとジュリアは
「それじゃ、私帰るわ」
と言ってメットとゴーグルを付けて歩道脇に停めてあるバイクに跨った。
セルモーターの甲高い作動音の後にエンジンの爆音が辺りのビルに反響する。
2、3回レーシングをすると爆音を撒き散らしながら新宿の闇へと消えて行った。
それら一連の動作を見ていたカヨはまだいたマキに
「なんか思い詰めてた感じだけど何かあったの?」
と聞いた。
「えっと、寺田さんを誘ったんですけど断られたンすよ~」
「えっ…誘うってどういう事?」
いつも冷静なカヨが少し焦る感じでマキに問いただす。
以外な反応を示したカヨにマキは
「え!?誘うって言ってもあれッスよ…そのあの」
しどろもどろになってしまい肝心な文言をど忘れしてしまった。
「ねぇマキちゃん。春菜のヤツ私に隠し事してるの!?」
眼鏡の奥の視線が鋭くマキの瞳に突き刺さる。
「えっと、ナントカ神社に1人で行きづらいから」
「神社に1人で行きづらいってなによ!意味解んない!?」
声を荒げるカヨ。マキは益々焦ってしまい肝心の言葉が余計に出て来なくなっていた。
「そのナントカ神社の中にある博物館が行きづらいとかナントカ…」
「神社の中にある博物館!?」
「そうッス。靖国神社の中にある遊就館って博物館です」
「テラっち~」
思わぬ援軍にマキは尻上がりの気の抜けた声をあげる。
「女1人で行きづらいから一緒に来て欲しいって神田さんに言われただけです」
「あ、そういう事なの寺田さん。私ったらも~」
先程の殺気だった表情から一転してカヨの表情は柔らかくなった。
「ところで寺田さん。その遊就館ってどんな博物館なの」
「一言で言うと日本の戦争に関する博物館です。」
「あ~確かに女1人だと行きづらいかも…」
「そう!そうなんスよ!それでジュリアさんテラっち誘ったんです!あと軽い気持ちでも行けないとか言ってたような…」
黙りこんでいたマキが思い出したかの様に喋り始めた。
「そうですね。普通に兵器とか軍服とかも展示してるんですけど特攻隊の遺書とかもあるんで内容的に重いんですよ。実際そういうのを目の当たりにして参ってしまうミリタリーマニアはいますね。」
「成る程。普通の博物館とはチョット趣きが違うのね、それで春菜のヤツあんな感じだったのか」
事態を把握したカヨはジュリアが走り去った後の新宿通りをボンヤリと眺めていた。
時を同じくしてジュリアはレインボーブリッジの上を走っていた。
眼下に拡がる幻想的な夜景をバイクの爆音が切り裂いて行く。
レインボーブリッジを渡り切るとテレビ局の前を通り過ぎた。緩いカーブを道なりに曲がると海と品川の港湾施設が見えてきてその手前に「船の科学館」が視界に入る。ジュリアはその建物の入り口付近にバイクを停めた。爆音が止み辺りに静けさが戻ると波の音が聞こえ始める。
ジュリアはバイクから降りると船の科学館の脇を歩いた。
時刻は夜の10時頃、船の科学館は勿論閉館していてひっそりとしていた。しかし閉館していても見れるのがここにはある。
「戦艦・陸奥」の主砲砲身だ。
これは野外展示されていて遠目からでも見ることができる。
パッと見、電信柱がナナメに立て掛けてる様にしか見えないこの展示物。あまりにも大きいので、むしろ少し離れた方が丁度いい位だ。
「何回も見てるけどやっぱデケェよなぁ…流石ド超え戦艦」
最近ジュリアは何かあるとココに来るようになった。
現代において戦艦という物は絶滅した恐竜の様なものだが、その現実離れした佇まいから溢れ出る圧力にも似た存在感は、たとえ砲身一本でも凄まじいものがあり、夜の街灯の明かりだけでも在りし日の威光を十分放っている。
いや、むしろ乏しい灯りに照らされてるがゆえに深みと凄みを増しているようにも思える。
その巨砲はかつてビック7と謳われ尊敬と畏怖の象徴とされた戦艦陸奥。41センチ砲は太平洋を睨み日本の守護神として君臨し続けた。そして謎の爆沈によって非業の生涯を終えたその勇士を戦艦大和の面影を重ねながら思いにふけると自分の悩みが吹き飛んでしまう感じさえする。
「よし」
何か吹っ切れたようにジュリアは一言いうとバイクに跨りお台場を後にした。




