65. 初めての夜
ʄʄʄ
やっぱり部屋を分けるべきだったかもしれない。
今になってそんなことを思う。
リスタが眠りに就いてからしばらく経つ。
彼女は弱っている。
若返りの魔法も治癒魔法も、食事を絞ったために落ち過ぎてしまった体重を元に戻しはしなかった。リスタが完全に健康を取り戻すまで、多分しばらくかかる。
分かっている筈だったのに。
目の前にリスタの寝顔を見ていると激しい感情が湧き上がり、どうにかなりそうだった。
おかしい。そんな筈はないのだが。
女性を遠ざけて来たわたしは実は魔法で欲求を抑えている。
男が25歳で時が止まるのは割と大変なことだった。
その魔法はまだ解除していないのに。
うっかり解けてしまったのではないかと不安になる。
リスタはどう思っているのだろうとふと頭を過った。
この魔法のことをリスタは知らない。
わたしと同じ部屋で過ごすことをどう考えているのだろう。
「体が心配だから」と話した時に、覚悟を決めたかのような表情で頷かれたことを思い出す。
「………」
まずい。
リスタが構わないと思っていたら魔法を保てる自信がない。
自分に対する信頼が揺らぎ始めた時にリスタが目を覚ました。
ベッドサイドに座っていたわたしを見付けたリスタがゆっくりと体を起こす。
「アルト……?ずっとそこにいらしたの……?」
ガタンッ!
「アルト?!」
「なんでもありません」
理性が飛びそうになって立ち上がり、後ろを向いた。破壊力が強すぎる。自分への信頼が半分くらい砕け散ったのだが。
「オーディーが持たせてくれた」と言うリスタの寝間着は、我が家が客人用に用意している物だった。滑らかな白い布を纏ったリスタは、着替える前より一層眩く綺麗に見えた。
ʄ
目が覚めるともう薄暗くて、部屋には灯りが灯っていた。ソファセットのテーブルの上に置かれたランプはアルトが灯してくれたのだと思うけれど、アルトもつい先刻までそのソファで寝ていたのだと言う。
魔法で移動しているのだとしても、短期間で大陸を一往復半したアルトも相当に疲れているのでは、と今になって気が付く。
あんなに何度も「わたし達は夫婦だ」と言ってくれたのに、どうしてそこだけ遠慮するのかしら。ベッドで寝てくれてよかったのにと申し訳なくなる。
この部屋のベッドはアルトの家のベッドと同じくらい大きかったから、気になるなら距離を取って眠ることも出来るのに。
そう言うとアルトは数瞬目を瞠り、それから唐突にその場にしゃがみ込み、左手に顔を埋めた。
「アルト?!やはりお疲れなのでは」
慌てて自分も膝を付き、彼の顔を覗き込んだ。
「いえ、自分と闘っています」
「えっ?」
どういうことかしらと考えてはっとする。
もしかして……?
勘違いかもしれないのに、頭の中がぐしゃぐしゃになるくらい動揺してしまう。
アルトが望むのならわたしは今日でも構わないと思ってはいるけれど――――――――――――
と、アルトが少しだけ頭を上げ、指の隙間から瞳を覗かせた。
「すみません、こちらのことです――――――体調はどうですか?」
「あの、はい……」
勘違いではないとして、アルトがその闘いに勝ちたいのか負けたいのか分からなくて言葉に迷った。
「だいぶよくなりました……」
結局正直に答えた。
まだ完全とは言えない。でも体は驚くくらい楽になっていた。食事のお蔭も大きい。ただ回復力が段違いだと思う。昨日までのわたしの体は、一晩休んでもほとんど回復しなかったのに。旅程に無理があったせいもあるけれど、疲労は蓄積して行くばかりだった。
体が辛いことが当たり前になってしまい、何かの病気に罹っているかもしれないとようやく気付いたのは、ほんの数日前だった。
「………色々と話さなければならないことがあります」
先にアルトが立ち上がり、手を差し出してくれた。その手を取って、わたしも立ち上がった。
ʄ
ランプが優しく灯っている。
部屋にはソファセットのローテーブルの他に食事が出来る高さのテーブルがあり、わたし達はそこに向かい合って座った。
最初にアルトに聞かされたのは、わたしが二十歳であることだった。
ただ若返ったのだと思っていて、年齢がはっきりしているとは考えていなかったので少し驚いてしまった。
治癒魔法に効力を発揮させるために、体を若返らせなければならなかったのだと言う。
わたし達の実際の年齢差に合わせてくれたのだと聞いた時、嬉しいとしか思わなかったのに。
「独断で若返らせてしまいました。あなたの意思を聴けなくて済みません」
そう謝られてまた驚いた。
こんな所まで来てもなお、このひとはわたしに選ばせてくれるつもりだったのだ。
愛情と尊敬が苦しい程に込み上げる。
「―――――――あなたと一緒に生き、年を取って行けるなんて――――――――わたしそれ以上何も望んでいません」
「――――――――――………!」
アルトの視線が真っ直ぐにわたしを向き、数瞬、わたし達は言葉もなく見つめ合った。
「………あなたがいなければあの場所から戻って来られませんでした」
やがて沈黙をなんとか押しやるかのように、アルトが声を絞り出した。
「あなたが命を救ってくれたんです」
すみません、夜投稿になってしまいました;
読んで下さった方本当に本当にありがとうございます!次回、いよいよ最終話です!
なるべく今日明日中に投稿したいと思います……
よろしければ下の☆☆☆☆☆を押して頂いたり、ブックマークやいいねして頂けると物凄く嬉しいです。




