63. 祝福の日
突然、拍手とどよめきが湧き起こった。
はっと顔を上げると周囲に人だかりが出来ていた。
驚きの声と「おめでとう」の声が飛び交い、わたしの腕の中でリスタがまた顔を赤らめる。
人間が空を飛んだり若返ったり、あり得ない現象を目撃した人々は騒然とはしていたが、「若い娘の求婚の成就」に対する祝福の方が不思議と優先されていた。
初めての口づけが人前となってしまいリスタは少しだけ動揺していたが、正直今だけは、わたしは恥ずかしいとも思わなかった。
500年解けなかった呪いが解けて、ようやくリスタと共に生きられるのだ。寧ろ世界中から祝福されたいくらいの気分だった。
とは言えこの騒ぎの中に長くいる訳にもいかない。身の置き所に困っているかのようなリスタを苦笑して抱き寄せると、宙に浮かべたままにしていた「小箱」を手を使わずに仕舞った。それから彼女を抱き上げて立ち上がる。
体が若返ったことでぎりぎりで治癒魔法が効力を発揮したが、リスタは直前まで生死の境にいたのだ。どこかで早く体を休ませたかった。彼女を離したくないので意地でも平気なふりをするが、徹夜で音速飛行をした自分も実は体力の限界だ。
異常な現象が恐らく微かな畏れを生んでいるために今はちょっとだけ遠巻きにされているが、もう少ししたら興奮と好奇心が警戒心を上回り、彼らにもみくちゃにされかねない気もする。
祝福の言葉を次々とかけられて、結局はにかむような微笑で応えているリスタにそっと耳打ちする。
「リスタ……このまま近くの街まで飛びます」
「えっ?」
本当は密着している必要もないのだが、リスタを不安にさせないように手に力を込めた。
「おめでとう―!」「お幸せにィ!」
「ありがとうございます!」
明るい声に一礼してから魔法を発動する。真っ直ぐに上昇すると、人だかりが再びおぉっ、とどよめいた。
世界は変わり、宙を飛行出来る魔法使いは多分わたし以外にはもういない。人目に立つ訳にはいかなかったわたしは、これまでも空を飛ぶ時は必ず姿を消して来た。
まだ祝福してくれている人達に「失礼します」と挨拶して光魔法を操ると、どよめきが一気に雄叫びに近いくらいの大きさとなり、リスタが目を丸くした。
「姿を消しました」
みんなからはこちらが見えません。そう告げるとリスタは益々目を丸くして、遠ざかる地上を見やった。
長い街道の一ヵ所に集まった人々が空を見上げて騒いでいる。
「今の魔法使いか?!」「消えたわよ!!」
通りがかった人や馬車が何ごとかとその場に止まる。だがそこから離れた場所では、何も知らない人々が淡々と目的地に向かって移動していた。
「まあぁぁぁ……」
リスタが驚きの声を上げたが存外にのんびりとした響きだったので、思わず笑ってしまった。わたしに視線を合わせてリスタも笑う。苦しい程の愛おしさで自分を失いそうになるが、先刻から気になっていることを放置は出来なかった。
リスタは生地の厚い服を着ていたが、ごわごわとしたその布越しにも分かるくらいに体が細かったのだ。
細い―――――――――――リスタは元から細かったけれど、こんなに?
「リスタ―――――――ちゃんと食べていましたか?」
尋ねると、リスタは不安気にした。
「わたし、やつれていますか?」
彼女はまだ若返った自分の姿を見ていない。自分が今どんな風に見えているのか不安なのだ。当然のことだと思い至り、急いで応えた。
「とても綺麗です。……ただとても細いです」
魔法図書館にいる間に食事の習慣を忘れてしまったのではないかと心配になる。
するとリスタは恥ずかしそうに視線を伏せた。
「宿代が足りるか分からなかったので……食事を控えてしまって……」
「――――――――――――――」
胸が締め付けられる。五百年振りの外の世界は右も左も分からないくらいに変わっていただろうに一人で大陸を横断したなんて。それに図書館職員の所持金は、家族も親族も亡い退職後の生活を支える命綱だろうに。
わたしを追って来てくれたのか―――――――――――
文字通りに全てを懸けて。
「―――――体は辛くないですか」
「はい」
「……怖くないですか」
「いえ」
そこでふわりと笑ったリスタに堪らなくなって、もう一度唇を重ねた。
話したいことも聞きたいことも沢山あったが全て後にした。光魔法を使えば今すぐにでもリスタに自分の姿を見せてやれたのだが、それも。
二人でただ、同じ景色を見ていたかった。
空を飛ぶなど初めてだろうに、リスタは本当に全く怖がることなく、きらきらとした瞳で世界を見つめていた。
やがて街が近付いた。
リスタの体に負担がかかりすぎるため、帰路で音速飛行をすることは出来ない。ミラトルに帰り着けるのは何日か後だ。
宿泊場所を探さなければならなかった。




