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60. 迷宮と魔法の終焉

ほとんど瞬間的にそれがなんであるのか理解した。


胸裂かれる思いで手を伸ばす。


ずたずたに千切れた白い布。ほかの何より大切にしていたものだった。


体が傾く。宙に舞う端切れを掴んだ時には地面が失われていた。


「!!」


無数の白い破片が花びらのようにゆっくりと落ちて行く。最強の魔法使いが愕然とした表情でそれを見つめていた。


立ち尽くす魔法使いのすぐ傍で、滅びの魔法がほどけて宙に消えて行く。


霧に覆われたかのようにその光景は霞んでいた。次の瞬間。



空が見えた。



唐突に引力が明確になり、背中から落ちる。



「!」



風が体を叩く。



外だ。



保護魔法で体を覆う。


魔法の膜が衝撃を吸収し、やがて背中がふわりと地面に着いた。


ひらひらと白い端切れがわたしを追うように青い空から降って来て、周囲に落ちる。


「……!!」


破片を掴んだ左手を強く握り締める。


息を吸い、吐く。


そして体を起こし、辺りを見回した。


「――――――――――――――」


まるで隕石が落ちた跡だった。


すり鉢状に深くえぐれた地面の、その中央に自分がいて、ばらばらに千切れた布が周りに散らばっている。

斜面に何かが点々と置かれており、自分を丸く取り囲んでいた。それを見て、自分が「神殿」があった場所にいると思った。



戻って来たのだ。



きつく握っていたこぶしをそっと開く。


手の中にあった欠片かけらは二つだけだった。


こんなになっても繰り返し見てきた布は織り目で分かる。欠片かけらの端はどちらも茶色く焼け焦げていた。



リスタ……!



もう一度握り締め、胸に押し当てる。自分にとってはどんな物より大切だった。


服の内側のポケットに入れていた物だから本来あり得ないが、ポケットを確認する必要は感じなかった。


リスタの姿をとって現れたのはこれだ。莫大な魔力でレベルゼを押し返したのも。


なぜリスタにそんな力が。


そう思った時に、頭の片隅に朧気に浮かんでいた仮説が形を成した。


数秒、そのまま動けない。



温かかった。青空が覗いている。雲が切れていた。


迷宮の周囲に掛けられていた人を近付けさせない魔法が解けているのを感じる。

そのせいだろう。ほとんど生き物の気配がしなかった場所に鳥のさえずりが満ち始め、気温が急激に上がり出していた。


終わったのだ、と思う。


世界を呑み込もうとしていた魔法は消えていた。


レベルゼは手加減なしの勝負を望んでいた。そして勝負はついたのだ。


強烈な自負心と極まった厳正さを持つレベルゼは、きっと「勝負のやり直し」は求めない。少なくとも同じ魔法では。



ゆっくりと立ち上がると体がふらつき、全身が痛かった。


「―――――――――――――――」


自分はもう不死じゃない。痛みと共に感情が込み上げて、溢れる。握った左手に唇を落とした。


最初にしたのは、その手を前に伸ばして開くことだった。周囲の白い破片が浮き上がる。ばらばらに散らばっていた布の破片は手の上に集まると、やはり花びらのように柔らかくそこに降り積もった。明るい緑がその中にちらりと見えた時、少しだけ辛かった。


集めた端切れを保護魔法で包み、宙に浮かべる。それから背中の鞄を降ろして、もう一度その場に座った。鞄に目立った破損はなかった。ほっと安堵しながら蓋を開け、余っていた革袋を取り出す。先ず宙に浮かべていた端切れをそこに入れて仕舞い、それから「小箱」の革袋を手に取った。


紛失防止魔法、密閉魔法、衝撃吸収魔法、強化魔法。


四重の魔法を解除して「小箱」を取り出す。


小さな箱には傷一つ付いていなかった。


無事だった。


天面に施された真鍮細工が初夏の光の中で煌めく。



「―――――――――――――――」



これで、ようやく。



この時になって、やっと喜びが強くなりだした。


リスタに若返りを強要するつもりはない。でもこれで選択肢は渡せる。


求婚を受け容れて貰えたら、呪いが解けた自分はリスタと共に生きられる。


500年の呪いがようやく解けたのだ。



「――――――――――帰ろう」



リスタとオーディーを心配させている。



逢いたい。リスタ。逢って「あなたのお蔭だ」と伝えたい。




だがその前にもう一つだけやることがあった。



ʄ


「破壊の仮面」だけがすぐ近くにあった。


それ以外魔道具は、神殿の柱があったと思われる場所に点々と置かれていた。等間隔に数個ずつ、自分が置いた通りに。それを宙に浮かべて足元に集めるのには五秒もかからなかった。


の位置が少し低くなり出していた。もう昼をだいぶ回っている。


自分に治癒魔法を掛け、食事を摂り、しばらく休憩していた。体力の回復を待ち、今やっと動き出した所だった。


切れた雲の間から射し込む光が「人類史上最強の魔法使い」が遺した魔道具を照らしている。

傾き始めた陽の下で、二十五個の魔道具はきらきらと輝いていた。


その美術性を惜しむ気持ちがある。


だがこの魔道具は五百年前の仲間達に捧げると決めていた。


レベルゼの魔道具は今の世界に出してはならない。


「……」


空を目指し、真っ直ぐに上昇した。


高くのぼってから見降ろすと巨大な穴が真下に見え、「最強の魔法使い」の作品がその中央に集まっていた。

えぐれた土の周りは木々に囲まれていて、森が遠くまで広がっている。二千年の間、その森を包み続けていた霧が消えており、木と土に日差しが届いていた。



「………」



魔道具の真上に小さな光の輪を作った。


威力を数十分の一に落として光の矢を引き絞る。



チュンッ!



弦が弾ける音のあと穴の中央で爆発が起こり、微かな振動が上空まで届いた。



地面に降りると溶け残った金属部分が転がっていたが、それ以外はほぼ何も残っていなかった。

散らばった金色の欠片かけらを数秒、無言で見つめる。


終わった。これで本当に。


「……二つだけ貰って行く」


空を見上げて呟いてから、一度だけその場に頭を下げた。



五百年前の仲間達と、最恐の魔法使いに。




―――――――――――――――帰ろう。




胸に手を当てて、もうそれはないのだと思い出す。逢いたい、と気持ちが急いた。まさかリスタが図書館にいないだなんて、想像もしていなかった。


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