58. 極限の魔法使い
「ッ………!!」
ぶつかり合う魔力が唸りを上げて弾ける。弾けた光が体に当たる度に強化魔法を施した筈の服に穴が開き、その下の肌を焼いた。剥き出しの髪先や頬は、光が掠めただけでも焼かれた。
「………!」
たかが火傷の筈なのに。痛みが違う、と今気付く。解呪以前より痛みを明瞭に感じる。自分で分からなかったが呪われた体はもしかしたら、痛みを僅かに鈍らせていたのかもしれない。五百年振りに感じる明瞭さが痺れるような激しさとなって脳の奥を叩く。
息が荒くなった。
魔力の全てを使ってようやく押し返している状態で、保護魔法すら展開出来ない。せめぎ合う光の反対側にいるレベルゼはだが無傷だった。
持ってあと数分ではないかと思う。
この絶対的な魔力量の差を覆せるとは思えず、数分先に延びるだけで結末は同じだ。
でも自分が最後の砦と分かっている以上、退けなかった。
「……もう結果は出ただろう……!これ以上魔法を発動させてなんの意味がある!!」
僅かな望みを賭けて説得を試みる。破滅を回避できるのはレベルゼの意思だけだった。
いつの間にか―――――多分最初から、わたしは帝国語で話していたが、こちらの言葉も通じていた。最強の魔法使いの表情が微かに動く―――――――不快気に。
「理論と実践が同じだとでも言うのか。二千年以上も発動を待ってやった。もう充分だ」
と、唐突にレベルゼの魔力が弱まった。鼓膜と瞳を叩き続けていた空気の震えと稲光が、明らかに勢いを減じる。
「退け。ここにいない『もう一人』は無理だが、お前はこちらの時代に連れて行ってやってもよい」
「……!」
本当に時を越えて来たのだ、レベルゼは。
その事実と、悪びれる様子を一切見せない魔法使いに言葉が出ない。
あまりに全てを超越している。
退くつもりはない。だが戦意のようなものはもう崩れ落ちかけていた。
「退け。魔力を失ったこの時代の者達になんの価値がある」
「―――――――――――」
なら世界を滅ぼそうとしているお前になんの価値がある!!
叫びたい思いをようやく堪える。
恐らく今が最初で最後のチャンスだった。
レベルゼの力が弱まった分、ほんの少しだが他に力を振り向けられる。
あの魔法を安全に停止させるのはもう無理だ。一瞬の隙でやれることがあるとするなら魔法の破壊で、安全性は望めない。「世界が亡びるよりはましだった」としか言えないような、甚大な被害が出る可能性がある。レベルゼの力は想像を超えていた。だが「完全な滅亡」との二者択一なら、それこそ「滅びるよりはまし」だった。
大陸の西端にあるミラトルは助かるかもしれない。
せめても、と願いながら魔力を弱めるとレベルゼも追随してくれた。
「――――――――――――――」
不死の呪いが掛かっていた時には無限に繰り返された体力の回復を感じない。身体的な限界を考えてもチャンスは一度だ。
「―――――――――――――」
互いの均衡を保てるぎりぎりまで更に魔力を下げる。レベルゼの魔力もまた一段と下がった。
レベルゼはわたしが誘いに乗ったと思っている――――――――――
今だ。「光の部品」を一ヵ所でも壊せればいい。
まだ続いている魔力のせめぎ合いに耐えながら、可能な限り最大の魔力を光球に向かって放つ。破滅の魔法を確実に壊せるように、一つの部品を狙って力を一点に集中させた。
魔力が白い光の線となり、光球を目指す。
バンッ!!!
「!!」
「防げないとでも思ったか」
体の内側を食い破るような低い声が言う。
届かなかった。光の線が霧散し、消えて行く。
次はない――――――――――最強の魔法使いの魔力が再び急激に上がる。もう凌ぎきれない。残りの魔力の全てで保護魔法を展開したが、保護魔法ごと消し飛ぶと分かっていた。
「これで終わりだ」
目を開けていられない程の強烈な光がレベルゼを包む。
「―――――――――――――!!」
その瞬間はやはりリスタの姿が脳裏に浮かんだ。心臓の上を握り締める。
バ…………ン……………
凄まじい衝撃が空間を覆った。自分がなぜまだ立っているのか理解出来ない。
目の前に誰かがいる。髪も服も全身が白く光っていた。後ろ姿の若い女性。
わたしの前に立ち、レベルゼの魔力を受け切っていた。




