57. 最強の魔法使いと最後の魔法使い
「二人か」
突然発された声と言葉に心臓が跳ねる。
低い声だった。
二千年以上も前に寿命を終えた筈の男の声。
レベルゼとパウセの姿絵や彫像は今に伝わっており、何度も目にはしていた。だが男をレベルゼと認識したのはそれを思い出したからではなかった。ただその姿を見た瞬間に、レベルゼと理解していた。
『二人』――――――――――――?
どういう意味なのか。
レベルゼに「二人」の人間が見えているのだとするのなら、レベルゼはまさか、リスタを見ているのか。
最強の魔法使いが口にしたのは古代語だと思うが、なぜかそれも曖昧だった。
確かに声は聞こえていたが、同時に言葉の意味だけが頭の中に流れ込んで来たかのような感覚があった。
そもそもこの距離で、呟くようだった今の言葉を聞き取れたことがおかしかった。
男がまた口を開く。
「お前にこの魔法が解除出来るのか」
攻撃の気配が空間に満ちるのを感じて皮膚が粟立った。
手を伸ばしてその光に触れさえすればこの魔法を止められると思っていた。だがレベルゼにそれを黙って見ているつもりはないのだ。
「なぜ」
そう口から零れた瞬間、レベルゼの姿が目の前に移動していた。
「!!」
ド…………ォ………
魔力が光の粒子となり、自分とレベルゼの間で揺れた。ぶつかり合う魔力が、互いの間で巨大な光の壁となる。
「ぐっ……ぅっ………!!」
押される!!一瞬でも気を抜いたら吹き飛ばされる!!
光球は自分のすぐ横にあるのにそちらに視線を向けることすら出来ない!!
重い風が体を打つ。風圧は肺を通り、体の内側にまで襲い掛かっていた。
「……見に来てみればこの程度か。二千年後の魔法使いは」
「?!」
今何を言った――――――――――――――?!
言葉の意味だけがやはり頭に流れ込んで来ていた。だから聞き間違えてはいない。
その言葉は男が二千年生き続けていたのではなく、「二千年前の世界から現れた」と言っているかのようにわたしには聞こえた。
だが今それを問う余裕などない。
「―――――――なぜこんなことをする……!」
風に抗い声を絞り出した。
光の壁越しに灰色の瞳と瞳が合う。彫像で見た通りの彫りの深い顔立ちのせいでレベルゼの目元は翳が濃く、それが眼光の鋭さを却って際立たせていた。
その顔にだが感情の揺らぎは見い出せない。低く淡々と最強の魔法使いは言い放った。
「お前は自分の力を試したいとは思わないのか」
「―――――――――――」
言葉が出なかった。
咄嗟だったからだが、考える時間があったとしても同じだったかもしれない。
自分の力を試すためなら世界が滅んでも構わないと考える人間とどれだけ言葉を交わしても、理解し合える日は恐らく来ない。
「止めたいのなら止めて見せろ。そのためにお前を残してやった。随分と時間が掛かったものだな」
「………!」
突然容赦なく、あの迷宮と五百年の呪いはこのためだったのだと突き付けられた。
たった一人の狂気のために――――――――――――――――!!
あの日から続いた五百年の地獄を思う。
拾い集めた遺体。帰還後の日々。故国を捨てた日。定住を許されず繰り返した、数えきれない程の別れ。
灰色の瞳にはしかし迷いも躊躇いもなかった。レベルゼの魔力が高まるのを感じて、自分も魔力の放出量を上げる。
ゴゥッ………
互いの魔力の境界が稲光となり、衝撃が空間を走る。体のあちこちが焼けるのを感じながらぎりぎりで耐えた。だが最強の魔法使いの魔力は際限を知らないかのように更に圧力を増した。
「………!!」
レベルゼの魔力を押し返すだけで精一杯で、他の魔法を展開することも出来ない。技術も細工も差し挟む余地のない正面勝負。魔力が弱い方が押される。このままでは体が弾け飛んで終わる。
なぜ自分なんだ――――――――――――――――――!!
五百年前も、今も!
刺し違えてでも止めなければならないのに力が足りない……!!
あのひとのところに帰ると約束したのに果たせない……!!
自分で自分が許せなかった。
世界を滅ぼす魔法は、手が届く場所にあるのに!!




