52. 魔法使いの宣戦布告
ʄʄʄ
二分の一の確率。
五百六十年かけて今、自分の生を取り戻したのかもしれない。
すぐには振り向くことが出来なかった。
慎重に鞄の蓋を閉め、背中に背負い直す。それだけのことが素早く出来ない。手が震えていた。
息が苦しいくらいに鼓動が速い。
動揺の激しさの分、一つ一つの動作を確認するように動きながらようやく立ち上がった。
体になんの変化も感じていなかったが、呪いに掛けられた時もそうだったのだ。心の用意が出来ず、後ろを見ることが出来ない。たくさんのことが頭を過った。
心臓の上を握り締める。
深く息を吸って、吐く。そして息を吸いながら、ゆっくりと振り返った。
「―――――――――――――」
覚悟はあったのに。
足から力が抜けた。
「解呪の宝珠」に意図的に辿り着かないようにされているのかもしれないと疑い始めた時から覚悟は持っていたのに、受け止めきれなかった。
建物も囲いもなかった。円柱形の白い台座は、外気に直に晒されていた。
吹きさらしの台座の上に顔の上半分だけを覆う白い仮面が置かれている。
「破壊の仮面」。
手に取って確認する必要もなく、もう分かっていた。
胸ポケットを握り締め、そこに膝を付いたまましばらく動けなかった。
ʄ
これが意図的だとするのなら、なんのために。
白い台座の前に座ったまま「仮面」を見つめていた。
「解呪の宝珠」を最後にすることになんの意味がある?
何か想像も出来ないような狙いがあるように思えて、それが分からないことが恐ろしかった。
「――――――――――――」
それでも進む以外、選択肢はない。
あと一つ。これで次の魔道具が「解呪の宝珠」であると確定したとも言えた。
次の罠を突破すれば今度こそ呪いが解ける。
「……」
簡単に立てなかったのは、ここから先は本当に命懸けになるからだ。
「破壊の仮面」を手に取ってしまうと、恐らく次への「扉」が開いてしまうだろう。挑戦者を「扉」に追い立てるような仕掛けがあったら体を休める機会を失うと思い、一度周囲を見回した。焦らずにしっかり体を回復させた方がいい。
どれだけの間だったのかも分からないが、気を失ったせいで、自分がどうやってここに辿り着いたのか理解していなかった。
転移させられたのか。
台座と自分の周りのこの辺りだけ木がなかったが、森の中のような場所だった。葉のほとんどを落とした寒々しい木が迷宮の外の森にそっくりで、まさか本当に外なのかと思い掛けた。
いや……
剥き出しの台座と魔道具は、二千年の時の経過を示していなかった。昨日そこに置かれたかのように真新しい魔道具の上には雨も雪も降ることがないのだろう。
まだ迷宮の中だ。ここは多分、あの「星」の上だ。
星一つ造ってみせたのか……。
冷たい汗が肌をじんわりと冷やした。
心底から悔しかったが、レベルゼに本気の勝負を挑まれたら、今のわたしでもきっと勝てない。もしレベルゼが本気で迷宮を創造していたら、制覇出来る可能性があるのは多分パウセだけだ。
誰にも挑めない迷宮では意味がないからレベルゼは手加減せざるを得なかったのだと思う。
歯を喰いしばる。
そんな手加減された迷宮で百人近い仲間が命を落とし、自分は五百年も呪われたのだった。
レベルゼは確かに、人類史上突出した天才と言えるのだろう。
だが。
だがそれがなんだと言うのだろう。
どんなに優れた能力も、人を幸せにしない能力なら役に立っていないのと同じだ。魔力の弱い人間を人とも思わないレベルゼのような魔法使い達を、わたしは受け容れられない。人間の価値は持って生まれた魔力の量だけで決まったりしない。
二十六個目の魔道具を見据える。
そこにレベルゼの姿を見ていた。
ʄ
それから時が経ち、十分に体力が回復したと思った時。
「さあ」、と声に出して自分を促していた。
見上げると、空は白い雲に覆われていた。明るいが太陽は見えない。多分この場所にも夜は来ないのだろう。
後一つ。結局全部制覇することになりそうだ。
五百年前の仲間達と、リスタのことを想う。
手の中のハンカチに瞳を落とした。
「もうすぐ帰るよ」
そう告げて、数秒刺繍を眺めてからポケットに仕舞い、詰襟を閉じた。
帰ったらあなたの色を入れて欲しい。
心の中でそのひとに語りかけ、立ち上がる。
帰ろう。決着を付けて。
最後から二つ目の魔道具に視線を向ける。数歩の距離を、一歩一歩踏み締めるように歩いた。
目の縁に金と黒で飾り模様が描かれた白い仮面。これまでの全ての魔道具と同様美術品のようだった。
両手で手に取る。
『着けた者が見る物を破壊する「破壊の仮面」―――――――――
破壊したい物をこの仮面を着けて見れば、いかなる物でも望む形に破壊が叶う』
頭の中に古代の言葉が流れ込んだ。
次の瞬間。
「え………」
起きたことが理解出来なかった。




