51. 星の試練の突破と最後から二つ目の魔道具
ゴッ……
保護魔法が空気を切り裂く音が僅かに聞こえた。
真っ黒な闇が体を包む。
足の先を見やると上だけがぼんやりと明るくて、水中から空を見上げた時の光景に似ていた。島のように浮かぶ丸い足場の周囲を、数えきれない程の刃が取り巻いている。
金属の円は一瞬で豆粒の大きさに遠ざかった。その直前にようやく一つ目の刃が落ちるのが見えたが、起こることが分かっていてじっと待っている必要もない。
保護魔法の強度を上げながら視線を前に戻すと、遥かに下に星が広がっていた。
左から右へと流れて行く無数の光点の中でその場所だけが動かない。輝きも大きさも際立っているその星は、はっきりと目立つ。挑発するかのように。
「―――――――――――――」
ドンッ!!!!
一気に加速すると保護魔法の外側がきらきらと光り始め、魔法の膜はやがて炎に包まれた。
数秒で星の海に達した。その時には音速を超えていた。
この速度のまま突っ切れば落ちて来る刃のみならず、光の引力にも捕まらない。そう計算していた。
だが。
ばりんっ――――――
突然、光の破片が空間を埋めた。
砕けた―――――――――――――!
血の気が引く。
辺りの光が一斉に砕けていた。
想定していなかった。
音速で飛行すると周囲に衝撃が生じると分かってはいたのだが、レベルゼの「扉」が砕けるとは、わたしは思っていなかった。
「……!」
恐怖が体の芯を這い上る。
音速から、だが急に静止することは出来ない。躊躇う間も光は次々と砕けた。
脱出路を失う―――――――――――?!
あの時の出口が無数の「扉」の中の奇跡的な一つだったとするなら、どの道見付けるのは難しい。だがこの迷宮の外に出られる可能性がある、自分が知る唯一の場所だった。その脱出口を失うかもしれない。
「――――――――――――――」
迷うな。速度を落としては駄目だ。
一瞬だけ落ちかけた速度を再び上げた。
逃げ道を残そうとするような甘い考えでレベルゼの罠を突破出来るとは思えなかった。
砕けた「扉」の欠片が光の帯となって軌跡を描く。
障害物の方が勝手に砕けて行くのだから、最早回避の必要もなかった。
遥か下方の一つだけ動かない星を見据える。距離感はやはり掴み難かったが、魔道具の気配のお蔭でその場所がずっと遠いとだけは感じ取れた。一人の魔力が作り上げたものとは思えない、異常な規模の空間。
心臓に触れているその場所を握り締めた。
全ての刃を置き去りにして光の中を落下した。
そして。
唐突に何もない空間に達する。
その時に初めて、無数の光の「扉」はその場所を中心に回っていたのだと理解した。自分は巨大な渦の側面からその場所に到達したのだ。
目の前に大きな光がある。その場所と流れる光の間には広大な闇が広がっていた。
何もない。中心のたった一つを除いて。
ずっと落下して来た筈なのに、気付くと上下の感覚が失われていた。
魔道具の気配がある光まで砕く訳にはいかない。
初めて制動を掛けようとしたが、出来なかった。
「っ……!!」
速度が落ちない!!
引き摺られる!
これまでとは格違いの強烈な引力。
既に音速を越えているのに速度が際限なく上がって行く。
保護魔法がなければ到底耐えられない急制動で抗ったが、すると魔法の膜はびきびきと軋んだ。
止まらない……!
そう思った時に、自分が予想以上に距離感を見誤っていたと気付いた。
急激に近付いた光は想像を超える大きさをしていた。
街一つすっぽり呑み込む巨大さ。
「………!」
背中の鞄を前に抱え直し、腕で守った。
保護魔法で自分を何重にも覆う。炎に包まれ視界が赤く染まった。
魔道具の気配があるこの光だけは「扉」ではないだろう。恐らく通り抜けることはない。
この速度で突っ込んで、無事でいられるのか分からなかった。
そこにあるのがもし「解呪の宝珠」であったら、到達するのと同時に死ぬ恐れがある。
炎の膜となっていた保護魔法がめきめきと潰れ始めた。
止まれない。
リスタ――――――――――――――――――――!
ドオオオオォォォォ………ン…………!!!
そこに突っ込むと、爆発的な音がした。
ʄ
少しの間だけ気を失っていたと思う。
生きている、と思いながら目を開けた。
雲に覆われた白い空と、秋の終わりのように葉のほとんどを落とした木々が見えた。
跳ね起きて、最初に鞄を確認した。
心臓が激しく打つ。
鞄は無事だった。微かに震える手で蓋を開ける。
栗色の革袋は固定した時の状態のまま中に納まっていた。四重に掛けた魔法に綻びはない。
無事だ――――――――――――――
肺から絞り出すように安堵の息を吐いた。
視線を上げて周囲を見回す。
柔らかな地面に寒々しい木々。
まるで迷宮の外だった。
まさか、とぞっとする。
外に転移させられたのでは、と思った時。
魔道具の気配を背中に感じた。
ドッ……
心臓が跳ねる。
真後ろだった。
ʄʄʄ
一瞬、心臓に激しい痛みがあった。
アルト―――――――――――――――――――?
立っていられなくなり、路上でしゃがみ込んだ。




