48. 最後の罠
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突然昼夜が引っ繰り返ったかのように世界が白から真っ黒になった。だが完全な闇ではなく、夜明け前のように空間は薄っすらと光を含んでいた。何かたくさんの物が宙に浮いているのが見える。
ゴウン、と重たい音が背後で聞こえ、はっと振り返る。
「扉が……」
一人が悲鳴とも呻きともつかない声を上げた。今入ってきた巨大な扉がもうなかった。これでもう、取り敢えずは安全に過ごせていた場所に戻れなくなった。強烈な緊張の中で、後ろにも横にも前方と同じ物が浮いていると気が付く。一定の距離はあったが、わたし達は薄く縦に長い板のような物にぐるりと囲まれていた。
カン……
誰かの足が金属的な音を立ててどきりとする。
銅……?
円形の床は黄土色に鈍く光っていた。
人数の確認を命じながら周囲を観察する。自分達は金属製の床の中心にいた。壁も天井もない。だが上や横へは恐らくどれだけ行っても何かに突き当たることはないのだと思う。
夥しい数の板は全て円の外側に浮いていた。暗さと距離のせいでそれがなんなのかは判然としない。ただ板の底面が全て斜めに切れていることだけは視認出来る。円形の床が地表ではなくどこか高い位置にあると思ったのは、板状のその物体が床面を通り過ぎる低い位置にまでびっしりとあったのと―――――――――魔道具の気配が下側からしていたからだ。
「……灯りを点ける」
何が起きるのか予想が出来ない。全員を包んでいる自分の保護魔法の強度を上げてから前方の宙に火を灯した。
暗闇に浮かび上がった光景に息を呑む。
無数の板が炎のオレンジ色を反射してギラギラと光った。皆声もなく、自分達を取り囲む剥き出しの刃を見つめた。
と。
刃の一つが、フッ、と宙から落ちた。こちらに向かって来ることはなかった。ただ真っ逆さまに下へと落ちて行き、床面を通り過ぎて見えなくなる。数秒を置いて、別の刃がまた落ちた。でも充分と思える時間が過ぎても地面に当たる音がしない。
「………」
恐怖が限界を超えてしまったのか、女性の一人がその場にしゃがみ込んでしまう。
「……彼女を頼む」
他の隊員に声を掛け、保護魔法の範囲を拡げながら一人、前へと進んだ。
カン、カン、カン……
一歩を踏み出す度に心臓を刺すような硬質的な音が響いた。目の前で三つ目、四つ目と刃が落ちて行く。
火色の刃は円形の床の少し外側を何重にも取り囲んでいた。
カンッ……
十歩も歩かなかった。金属の床の縁に辿り着く。ゆっくりとその向こうを覗いて絶句した。
巨大な闇の中に無数の光が渦巻いていた。
「星空」、と思った。
光の動きは時間を凝縮したかのように速かったが、「星空」と言う言葉以外出て来ない。
星空が足の下にある。金属製の足場は恐らく宙に浮いていた。
肌が粟立つ。人間が造り出せる規模の物とは思えなかった。本能的に逃げたくなったが、一ヵ所に瞳が吸い寄せられて身じろぎも出来ない。遥か下に一際強い光が見えた。距離感は測り難いが、それでも相当に遠いことだけは分かった。そこに魔道具の気配がある。
「……!」
レベルゼの意図を感じた。
普通、これだけ離れた場所にある魔道具の気配を感じ取ることは出来ない。あの魔道具の場所を、レベルゼはわざわざ知らせているのだ。
「ここまで魔道具を獲りに来い」と、人類史上最強の魔法使いは挑戦者に突き付けている。当然仕掛けられているのだろう、罠を突破して。
刃が次々と落ちて行く。
大判の本くらいの大きさがあるのに、金属の板は足の下の星空に吸い込まれてあっと言う間に見えなくなった。
まさか本当に地上から空までと同じ距離があるのか。広さが測り知れない。ただ途轍もない深さだと思う。
足場の上を動くだけで罠が発動する様子はなかったので、その光景を伝えた上で、全員に床の端まで来て貰った。念のために一斉には動かないようにしたが、結局何も起きないまま、一分後には全員が足場の縁に立っていた。
「これ……魔法なのか……?」
掠れた声で一人が呟いた。
果てが見えない星の渦。そこに刃が次々と落ちて行く。
金属の板が落ちる間隔は徐々に短くなっていた。それが人を狙わずに下へと落ちて行く理由が掴めずにいたが、空中に新しい刃が生成されているのに気が付いて、この刃が全て落ちきることはないのだと理解した。
時間が経つと、刃が降る量は雨のようになるのではないか。
そう思い至り、背筋が凍った。
「魔道具を目指すとして、時間が経つ程に多分、刃を避けるのがどんどん難しくなる」
落ちて来る刃を保護魔法で防げればよいが、レベルゼの罠がそんなに生温いことはないだろう。つまりここでぐずぐずすればするだけ生き延びられる可能性は低くなる。飛び込むのも命懸けだが、躊躇っていたら確実に詰む。
「魔道具を目指す!保護魔法を最大強度に!」
早口で命じると、空気がさっと強張った。
仲間を待った二日の間。大切な存在を失い「ここで死にたい」と言った者もいた。その時に全員に告げた言葉をもう一度口にする。告げる内容なんて本当はなんでもよかった。ただ「帰るのだ」と言う意思を持たせるために言葉を捻り出した。
「ここで起きたことを伝えるのが我々の使命だ。一人だけになっても絶対に出口を目指せ。ここで命を落とした者達のために生き延びて伝えてくれ。待っている人達がいる」
「――――――――――――――――――」
数瞬の間の後、全員が無言で頷いた。
☩
命の期限が刻まれて行く焦燥の中、女性を内側にして外側を男で固める隊形とし、自分が先頭に立つとだけ決めた。だが完全に「出たとこ勝負」であったため、この判断が吉と出るかは分からなかった。
空中から頭を下にして一気に落ちる訓練は皆何度か経験している。
「跳べ!」
そう号令し、生き残りを賭けた巨大な渦の中へと全員で飛び込んだ。




