46. 次への扉
ʄʄʄ
建屋の中央の何もなかった場所に光の柱が出現し、床から天井へ向かって立ち昇っている。
次の「扉」だ。
分かっていたが、リスタの存在を感じて動けない。
現実的な問題もあった。体力が回復していない。傷はもう塞がったようだが、かなりの量の血を失ったので、こういう時は疲労感も長引く。挑戦者を追い立てるような罠でも発動しない限り、体を休めたかった。
体力が戻るまで小箱を抱いていたかったが、ただそういう訳にもいかない。いつどんな罠が発動するとも知れない以上、絶対に失うことが出来ないこの魔道具は速やかに仕舞っておくべきだった。
自分で自分をどうにか説得し、小箱を抱き締めている腕を緩める。
「―――――――――――――――」
なんとなく予感していた通りに、すると存在していた温もりが急激に失われて行った。惜しくなって手を戻しそうになるのを堪える。
唯一感じられる温度すらすぐに消えるとは「幻覚」の精度が低すぎるだろう、と、またいるとも知れない存在に文句をぶつけたが、恐らくこれは幻覚ではないとどこかで分かり始めていた。
原理は理解出来ないのだが、多分わたしは本当にリスタを感じている。
このハンカチが……?
リスタに魔力があるのならあり得ないことではないのかもしれないが。
胸に触れるとまだ微かに温かかった。未練がましいその手をなんとか引き剥がし、小箱の扱いに集中する。
鞄の中に「小箱」と「宝珠」のための容れ物だけは用意して来ていた。背中から鞄を降ろし、三枚用意していた革袋の中から一番小さい物を取り出す。革袋はどれも二重構造で、内側の布袋を中身に合わせて絞れる作りにしてあったのでそれで問題はなかったが、「小箱」の大きさは想定していた中では最小の部類だった。
小箱を右手に持つと、簡素な木の箱がどこか冒しがたい風格をもって輝いた。やはりレベルゼの魔道具だと微かに畏れを抱く。やっと手に入れたその小さな箱に強化魔法、衝撃吸収魔法、密閉魔法、紛失防止魔法と四つの魔法を順番に掛けた。それを革袋に入れて内側を絞り、外側を折って縛ると、小箱に掛けたのと同じ魔法をもう一度全て掛けた。それから栗色の袋を、やはり二つの魔道具のために用意しておいた鞄の中の仕切られた場所に入れて固定する。
小箱が見つかったのが「解呪の宝珠」より先でよかったと鞄の蓋を閉めながら思う。こちらの意思とは無関係に解呪されてしまった場合、そこからは本当に命懸けになる。
年齢の問題さえ解消出来れば呪われた体のままでもリスタと図書館で生きられるのではないかとも思ったが、やっぱりそれだけでは駄目だった。
きっとリスタはいつか図書館を出る。本当はもう出られるのかもしれない。
五百年前に戦死した男はリスタが魔法図書館に来る原因にはなったのかもしれないが、多分リスタが今も図書館に留まり続けている理由ではないのだ。
きっかけとか頼れる人とか少しの勇気とか、きっとそんなものが必要だっただけで。
いつかその日が来た時、わたしのためにリスタを図書館に留め続けることは出来ない。
リスタと共に生きたいのなら、わたしは自分の呪いを解かなければならなかった。
鞄を背負い直し、胸ポケットに触れる。
まだ少しだけ温かかった。
ʄʄʄ
「何か他に方法はないでしょうか」
「待ってもらうしかないねぇ……」
受付けの男性に、木製の窓枠越しに申し訳なさそうに言われた。
賑やかな町の乗合馬車の料金所は混んでいた。五つの窓口に並ぶ五つの人の列が、小さくはない建物の外にまで連なっている。皆殺気立っていた。
半日近く列に並んでようやく自分の番が来たのに、目的地への馬車は数日先まで満員だと言う。
この状況で粘る客はきっと迷惑だったと思うけれど、疲れ切って見える老女に同情してくれたのか、口髭を蓄えた男性は地図を取り出して拡げてくれた。
「その方向は本数が少なくてね……どうしても急ぐならこの町まで歩いた方が早いんだよ。ここからなら馬車の本数が増えるからね。若い人ならここまで三日くらいで着くけど……お婆ちゃん、具合が悪そうだよ?連れはいないのかい?」
そう言いながら男性は今いる場所からその町までの街道を指でなぞってくれたけれど、かなり躊躇いがちだった。
心配して下さったことに謝辞を述べ、一人だけれどどうしても行きたいのだと応えて、示された地図と道を見つめた。
「三日……」
考えるために一度列を離れたらまた半日並び直さなければならないだろう。今ここで数日先の切符を買うか歩いて行くか、決めなければいけない。後ろの方が苛立っている気配がする。
アルト――――――――――――――
右腕に手を触れる。昨日、馬車の中でアルトの存在を感じた。その感覚がまだ残っていた。




