37. もう一つの罠
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「夜の神殿」は、頂上の小さな平地の真ん中に建っていた。
「―――――――――――――――」
気付くと息を止めているような極限の集中を続けていたせいもあったが、石段越しにようやく地面が見えた時、立ち眩みがして数秒足が止まった。
「扉の罠」は石段だけでなく、頂上の狭い草地にも張り巡らされていた。
気力も体力も限界に近い。事前に上空からも神殿を見ていたので分かっていたことではあったのだが、目の前のゴールへ真っ直ぐに進めないことが精神的にきつかった。
「気を抜くな。目の前の一歩だけを見ろ」
自分自身にも向けたその言葉を声に出した。常道だが、力尽きそうな時は目の前の一歩に集中した方がいい。
その声量ではすぐ後ろの数人にしか聞こえなかっただろうが、後ろから後ろへと言葉は伝えられるだろう。「道」から目を逸らさなければならなくなるから、振り返って叫ぶことは出来なかった。再び「道」を見付け直すとなるとまた消耗する。
一度深く息を吸って吐いた。
石段を上りきり、わたしが頂上に達したのはそれから数分後だ。
宙に浮かぶ灯が、神殿の影を草地に厳かに描いていた。夜風に揺らされた森が低く静かに騒めいている。
「―――――――――――――――」
また数秒だけ足を止めた。息が切れている。体を包む風の冷たさが心地よくて、それがやはり恐ろしかった。
「夜の神殿」は、色以外は最初の神殿にそっくりだった。ただアプローチの階段だけがはっきりと違っている。
最初の神殿では階段が造られていたのは「祭壇」の正面に出る場所だけだった。だが「夜の神殿」の三段の階段は、円筒形の建物の足元をぐるりと一周していた。
九本の柱の間のどこからでも入れる造りだが、「正解」の入り口はだが一ヵ所だけだ。
その一ヵ所以外は「扉の罠」が仕掛けられている。
神殿の中央に円柱状の台座のような物があるが灯の光はそこまで届ききっておらず、よく見えなかった。
しかし魔道具の気配はそこからしていた。
レベルゼの魔道具。
人類史上最強の魔法使いの魔道具が目と鼻の先にある。
今自分達が目指しているのは迷宮からの脱出であり魔道具は二の次だったが、その魔道具に何も思わずにいることは出来なかった。
「………」
どの道目的地はそこだ。
もう本当に限界だったが、気力を振り絞った。
「正解」の入り口があるのは今いる場所から見て左側――――麓に石畳がある方向だった。
進み出すと、目安に出来る物がない平地を全員が同じように歩くのは一層難しいと感じた。ただ石段とは違って土なら簡単に跡が付けられる。だからわざと足を引き摺るように歩き、後続にもそうするように指示した。
集中力と持続力を試しているのだとしたらもう十分だろう……!
見えている入り口を前に延々と迂回させられるのは、神経戦と言っていいきつさだった。
その時点で石段を上り始めてから一時間は経っていたと思う。
あと少し――――――――ようやく辿り着くと思ったその時。
ごうっ……
低く唸るような音が聞こえてはっと顔を上げた。
「うっ……」
誰かが悲鳴を上げ掛け、そのまま声を失う。
石畳の側のずっと向こうから、黒く巨大なものが迫って来るのが見えた。
闇の中の黒い塊は辛うじて視認出来ただけだった。迫りくるそれに、明かりは全く届いていなかった。
だが音と動きで分かった。
波だ。巨大な。
丘の上に達しそうな高さだった。
巨大な波がここに迫っている。
「アルト!!」
殿を務めているテイルが叫ぶ声が聞こえた。最後尾はまだ石段を上りきっていない。
「……!」
時間に制限があったのだ、と悟る。
レベルゼが求める時間以内に、入り口か魔道具に辿り着かなければならなかったんだ!
ざあっ……
地響きを思わせる重い音に混ざって、水飛沫の音が聞こえ出した。
もう波が到達する!
呑まれる!
前に向き直り、地面に目を凝らす。
残り数歩の距離だった。
「道を外れるな!!前に続け!!」
そう叫んだ。
そう叫ぶしかなかった。




