36. 魔法使い達の挑戦
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魔法使いは時折異様に勘が働く。魔力が強い者程勘も鋭い。
隊の中で唯一人「扉」が見えるわたしに全員の注目が集まったが、それが「わたし達が求めている扉ではない」ことに、幾人かはもう気付いていたと思う。見えない扉の存在に希望を抱いた者もいた筈だが、迷宮から脱出を果たしたとしても、待っているのは大切なひとを失った後の長い生だ。嬉しそうにしている者は一人もいなかった。
全員、ただ静かにわたしを見ていた。
「………丘全体が『扉』に覆われている」
ようやく声を絞り出すと、場の空気がほんの少しだけ揺らいだ。
二人の中隊長がわたしの傍までやって来る。「幸い」などと言う枕詞はとても付けられないが、わたしを含めた三人の中隊長はまだ全員生き残っており、負った怪我も治癒魔法で完全に快復出来る程度のものだった。第一中隊長のテイルが口を開く。
「どんな扉だ?俺達には見えない。」
「下から頂上まで、全部の石段にびっしりと『扉』が立っている。でもぎりぎり見えるだけだ。扉同士の境目もよく分からない――――――――隊長とスタックがどの『扉』を通ったのか正直分からない」
生存者達の絶望がまた静かに深まるのを感じた。
「見えない扉」に入るための条件を設定するのは迷宮の創造者だ。魔力を注がなければ通れない扉もあるし、触れただけでどこかに転移させられてしまう扉もある。後者のような扉は大抵罠として使われる物で、石段に仕掛けられているのは正にそれだった。
「………この中に当たりがあると思うか?」
「………」
「勘でいい」
「………」
答えられなかった。
答えれば士気を更に下げる。
わたしの沈黙をテイルは恐らく正しく理解して、それ以上問いを重ねることを控えた。
隊の副官を兼務していたテイルは、四歳年上のわたしの従兄だった。仕事が同じである分、実の兄より親しくしていたと思う。既に家庭があったテイルは、なんとしてでも生きて帰りたかった筈だ。
「――――――どの道進むしかないな」
自分で結論を出して、彼はその会話を終わらせた。
目標を「脱出」と定めてから「罠の扉」を、わたし達は探してもいたのだ。魔道具の目前で入り口に戻されるような罠は迷宮に少なくなかったからだ。だがこれだけたくさんの「扉」が全て同じ場所――――――わたし達が望む入り口に繋がっているとは到底思えない。
そしてわたしは、この中に「正解の扉」はないと感じていた。
その勘はすぐに裏付けられることになる。
「大隊長……!」
思わず声を上げていた。全員の視線がまた一斉にこちらに集まる。
中隊長同士で言葉を交わしながら、わたし達三人は大隊長に思念で呼び掛け続けていたのだ。わたし達中隊長と大隊長は、遠距離の思念通話を使いこなした。迷宮の内外でやり取りするのは難しかったが、大隊長が迷宮内にいるなら声が届く筈だった。
ご無事だった……!
やっと反応を得た。
『大隊長!!』
『転移させられた!どこだか分からない!!扉がない!戻れない!』
『―――――――――!』
分かってはいたのだが、やみくもに「扉」を入っても入り口には戻れないとはっきりとした瞬間だった。
この迷宮で一人どこかに転移させられることを想像してぞっとする。
『大隊長!スタックはそこにいますか?!』
せめてと願いながら尋ねた。だが。
『スタック?いない、わたし一人だ!』
『――――――――――――――――』
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また大きくなった絶望に馴染むための僅かな時間を過ごした後。
全員で魔道具に近付く方法を探した。退路がないため先に進むしかなかった。
『わたしのことはもう考えなくていい。指揮権をテイルに委ねる。今後隊からはぐれた者は独自の判断で脱出を目指すように。わたしも出口を目指す』
それが大隊長の最後の指示だった。
後を頼む。幸運を祈る。
わたしが聴いた大隊長の最後の言葉だ。
肩にずしりと重みを感じていた。
人数を失い過ぎて最早隊の編成などあってないようなものだったが、自分が中隊長であることを忘れてはいなかったし、責任も消えてはいなかった。
テイルが感じていた重圧はきっとわたし以上だっただろう。
「夜の神殿」の下で一時間は費やしたと思う。
迷宮に入ってから何も食べていなかったが、幽鬼のような顔をしている隊員達に「携帯食を摂ろう」とは言えなかった。この時わたし達は空腹よりも食事とか休憩とか、人間らしさの方に耐えられそうになかった。
丘の周りを何周もした。宙から神殿に降りることも検討した。
そしてようやく気付いた。
「……!」
揺らぎがない場所があった。
丘全部を包む陽炎に空白があったのだ。
右、上、また右―――――――――――懸命に目を凝らすと、石段の上を空白は連続して続いていた。
「道」だった。
§
あの時境目も曖昧な陽炎にしか見えなかったものが、今の自分には一つ一つはっきりとした方形の揺らぎに見える。
それでも時間が掛かった。
ほんの少しのずれで扉に接触してしまいそうに「道」は狭く、しかも石段の上を複雑に行きつ戻りつしていた。
この丘に上空から降りようとしたり僅かでも扉に触れたりすると、全部の扉が挑戦者を呑み込みながら横滑りするだけでなく、「道」も変わってしまうと分かっている。
五百六十年前、極限まで意識を集中して揺らぎのない場所を辿った。辛うじてであってもわたし以外に視認出来る者はいなかったため、他の隊員達はわたしの後にぴったりと着いて階段を上った。
責任の重さに押し潰されそうだったこの時のことを、わたしはそれから何度も夢に見た。
ひんやりとした風が頬を撫でる。オレンジ色の灯が灰色の石段を照らしていた。
急がなければならない。




