25. 魔法使いのおはなし
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グランタイル帝国には貴族の子弟が通う学校があったが、貴族の場合、教育は入学よりずっと早くに家庭で始まる。
だからその逸話を、まだ小さい頃にわたしは家庭教師から初めて聴いた。
古代の魔法使いが、魔法の使い手としてどちらがより優れているかと言い争いを始めた。言い合いはやがて激しい闘いとなり、その結果、村が五つ消失し、辺りの地形が変わったという。
家庭教師の話を聴きながら困惑した。教材に指定された本には子供用に平易な文章が大きな文字で書かれていて、挿絵も多かった。
その挿絵に困惑させられたのは、空中で争う二人の魔法使いの下に、幾つもの家が吹き飛ぶ様子が描かれていたからだ。
消失した五つの村にいた人達はどうしたんだろう。
この家にいた人達は―――――――――――?
その本の書き振りも教師の口振りも、だが古代の魔法使いの偉大さを伝えようとするもので、村の人達に言及する様子はなかった。
レベルゼの逸話もあった。
――ある時宴に招かれた「最強の魔法使いレベルゼ」は、その宴に魔力が弱い者も招かれていると知って激怒した。魔力が弱い人間との同席を「侮辱」と怒ったレベルゼは、宴を主催した家の庭に、草木が育たない呪いをかけた。その呪いは五十年解けなかったという。
レベルゼの人となりが窺い知れるエピソードだったが、この話にもわたしはかなり困惑した。
大損害じゃないのか、と思った。
当時のわたしの家も同様だったが、古い時代の大きな家の庭園は、目や心を慰めるためだけの場所ではなかった。
家の人間と客人のための甘味として、そして様々な食材の原料として四季折々の果樹が栽培されているものだった。それがなければ暮らしが成り立たない程様々な形で饗されており、果樹は、客人が多い大きな家では生活に欠かせない存在だった。
転居を考えなければいけないレベルの話だと思った。
「侮辱と思った」というだけでやっていいこととは思えない。
だがこの逸話も、レベルゼの偉大さを伝えるために教材に収録されているようだった。
幼心に自分が授業の趣旨とは違う所に引っ掛かっていると分かってはいた。
昔はそういうものだったのだろう。
釈然としないまま、授業を滞らせないために取り敢えず自分を納得させた。
「昔の話であり、今は違う」と思っていた。そうでもないらしいと気付いたのは、もっと大きくなってからだ。
幼い頃のわたしは自分に魔力があることこそ理解してはいたが、魔力の量が人より多いことは知らずにいた。
「本人が小さい内は知らせない」という方針を家の者に言い含めていたのは、わたしが19歳の時に病で亡くなった母だ。そのお蔭でわたしは自分を「特別」などと思うことがなかった。
女中とか下男とか、わたしの家では大勢の人達が働いていたが、みんないい人達で、幼いわたしによくしてくれた。魔力がほとんどない人達ばかりだったけれど、魔力がないから彼らが自分より劣っているなんて、考えたこともない。
わたしをそう育ててくれた母と家の人達をわたしは今でも尊敬している。
「帝国を守れ」「皇帝を守れ」と教えられるようになり、自分の魔力の量がずば抜けていると知らされてからはそうすることでみんなが守れるのだと考えて、この魔力はそのためにあるのだと思った。
武勇に優れている者が武人となり、知に優れている者が学者や指導者となるのと同じで、人の役に立っていることに違いなんてない。わたしの場合は役立てるものが魔法というだけだった。それを「特別」などとはやはり思わなかった。
帝国魔法使いとして勤め出した頃には、魔力の量と人間の地位が分かち難く結びついているのは帝国も古代も変わらないと気付いてはいた。
でも古代の魔法使いや一部の帝国貴族達の「魔力がなければ人ではない」とでもいうような態度は理解出来なかった。
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あの頃も今も自分は、「魔力などなければよかった」と思っている。
抜きん出た魔力がなければレベルゼの迷宮に来ることはなく、ここに来さえしなければ百人近い仲間が惨殺されるのを目の前で見ることも、「人ではない存在」として六百年近い年月を流離い苦しむこともなかった。
唯一つ、わたしはリスタと六百年前に出逢うことが出来ただろうかとだけ思う。
迷宮に来ることはなかったかもしれない。
だが五百六十年前、わたしとリスタにはそれぞれ別の相手がいて、生まれた国も身分も違った。
わたしが帝国魔法使いでなかったら、きっとリスタとは出逢うことなく一生を終えていただろう。
「運命」と言う言葉が胸を掠めた。
体から熱が奪われて行く。
もう初夏なのに二千年以上霧に包まれているこの森だけ、季節が違うかのように冷たい。
あの時と変わらない。
木々が葉を落としていて、落ち葉が降り積もった地面の優しい柔らかさにむしろ背筋が寒くなる。
時々微かに動物の気配がするが、それ以外は自分が落ち葉を踏む音しかしなかった。
霧の向こうに感知し難い程に僅かに魔力の存在を感じる。その場所に向かって歩いた。
「不老不死の魔法使い」に対抗する手段はない訳ではない。
脱出不可能な場所に閉じ込めるとか、再生が追い付かない速度で体を破壊し続けるとか方法はいくつか考えられるし、実際に何度か試みられたことがある。だが永遠に続く封印や攻撃を実現するのは相当に難しい。
結局誰も成し得なかったが、もし成功する人間がいたらわたしは永遠の苦痛を味合わなければならなかった。
その危険性がわたしが五百七十年も再挑戦に踏み切れなかった理由の一つだ。
他の魔法使いにとっては簡単ではないことでも、レベルゼなら確実に成功させるだろうから。
歩いたのはほんの十数分だった。
木立が切れる。
そしてそれは姿を現した。
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